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忘れたままに息をしている。心と体。自律神経につかさどられたこの世界。-福岡操体法スタジオの講習会 freeyourself.sotai☆docomo.ne.jp(☆→@)-
2011/10/18(Tue)
ウッカリ呼吸を忘れて倒れたということはない。私たちは四六時中、息することを忘れている。
忘れたままできちんと行われるのが自律神経の働きの特徴である。

私たちは食べることには熱中するが、味わったあとのことを忘れている。いろいろ考えたほうがかえって消化不良になるかもしれない。正常な消化とはそういうこと。これも自律神経の働きである。

食べたものを消化するのには消化酵素が必要で、食べたものがどこをどう通過するかは、巧みで複雑な消化管運動により、適正に管理されている。食べた内容にあわせて適切な成分、適切な成分比で消化液がつくられ、濃度も分量も適切に調整される。どこでどのくらい停滞し、どのくらいの速さで通過するか。内容物の状態をその都度、感覚神経が感じ取り、情報が伝わって判断され、自律神経のコントロールを受けている。

睡眠。体温の調整。体内の水分の調整。毒素の処理。どれ一つをとっても日々気持ちよく過ごすためにまちがいなく的確であるのが正常。自然である。自然なことが適切にできなければ、気分よく過ごすことができなくなり、健康も生命の維持も保証されない。
ホルモンを細胞でつくるのも、その成分をどういうものにするかということも、どの程度の濃度にするかということも、どういうタイミングで出すかということも、私たちがスッカリそのようなことを忘れ、うかうかと過ごしているうちに、神経のはたらきが絶妙なことをやりのけている。ミクロ単位の細胞のできごとを神経がつかさどり、四六時中、十全な管理の行われる身体。それが私たちだ。

自分が何を感じ、何を考え、何を欲し、何を望むか。そのようなことも元をたどれば神経の働きに他ならない。
治療とか健康法とか呼吸法だとか、そういうことには神経のことが必須ではないのか。

私たちは常に自分が主人だと思っている。
自分あっての、この体。この神経。そう思っている。
自律神経だって、黙ってまめまめしく尽くしてくれる奴隷のようなものだ。そういう見方もあるだろう。

しかし基本的には私たちのほうから自律神経に命令することは、できない。
自律神経の働きが低下したり混乱したりすれば、頭痛、不眠、血管の障害、その他あらゆる不具合が自覚され、たちまち健康の問題に振り回されるのである。

※操体法は自分で動きながら運動神経と感覚神経とを同時にはたらかせ、自律神経本来の働きを取り戻す運動療法です。自分にとって気持ちのよい動きを見つけ、ちょうどよい加減で動きます。
九州・福岡市内にて講習を行っております。自分の体の調整をおぼえながら、自分なりの活動を始めている方もいます。誰でも参加できる定例の講習会(参加費二千円)、少人数で申し込めるプライベート講習や個別もあります。
あなたもいっしょにやってみませんか。
お問い合わせ メール freeyourself.sotai★docomo.ne.jp (★を@に)もしくは080-1720-1097(山下)まで。
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原因不明で見えないものの相手をするか-古傷をかかえて生きていく-福岡操体法スタジオの講習会 freeyourself.sotai☆docomo.ne.jp(☆→@)-
2011/10/17(Mon)
深いところにある、その硬いものをジワリジワリ押すと、腕はひょいと挙がる。
長いこと挙がらなかった腕が、何ごともなかったかのようにスーッと挙がってゆくのである。
押さえていた指をゆるめると、再び挙がらなくなる。

症状に対応してゆるめるうちに、妙に硬いものが指に触れる。
「今までこんなところにこんなもの、なかったけどなあ…」と首をひねる。
「恐いような痛みです」とはご本人。

見つけたシコリをジワっと押しつつ腕を挙げてもらうと「あっ、挙がります挙がります!」。
シコリから指を離すと再び挙がらなくなる。
コリ。ついに元凶にたどり着いたのか。
「ここ、どうかしましたか?」念のため、訊ねてみる。何十年か前の手術で切った痕だった。

自分にもおぼえがある。
しつこい症状が続いて「おかしいなあ。なんかやってない?」と訊ねられる。
数日考えていて「ああ、あれかなあ」。
事あるごとに、鼻炎の手術の傷あと、膝を切った大きなけが、胸椎の打撲など、いろいろ出てくる。しかしもう何十年も以前のものだ。ウソだろう? にわかには信じがたい。
軽く押さえたりテーピングをすると、症状が消えたり減ったりする。押すのをやめると症状はフッと舞い戻ってくる。これでは否定のしようもない。

原因が不明のほうがいいか。原因がハッキリしたほうがいいのか。
原因不明のときには「どうして自分はこうなっちゃったんだろうなあ」といつまでもぼんやり思っている。
原因がハッキリすると、案外そのときはショックである。「え~、そんなバカな!」。
どうせが取り返しのつかないことが多い。切ったという事実、けがしたという事実は何をどうやったって変えられないのである。しかしショックから少し立ち直ってみると、目に見えないものの相手をするより、目に見えるものの相手をするほうがよほど的確に対処しやすいということが分かってくる。

自分で対処することをおぼえていくと、すぐに自分で取り組んでコントロールできる。そのうち、「そういえば、もうあの症状は出てこなくなったな」ということだって、ある。「そういえば全身的にラクだ。疲れにくくなっているし気分も軽い」となれば、しめたもの。
無傷で生きていければ一番いいのだろうけど、ずっと無傷でやっていけるかというと保証の限りではない。ビクビクして生きていてもしょうがないし、イザとなったら自分はこれで対処する。そんな自信のようなものをどこかに持って過ごしたいものだ。


※操体法は自力療法。自分で動きながら感覚神経をはたらかせ、心身を調整する運動療法です。自分にとって気持ちのよい動きを見つけ、ちょうどよい加減で動きます。
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「万病を治せる妙療法」のメカニズムを考える-福岡操体法スタジオの講習会 freeyourself.sotai☆docomo.ne.jp(☆→@)-
2011/10/16(Sun)
私たちの体は不具合をかかえて生きていくようには設定されていない。
体の本来の機能に不具合が生じるのが病気であり症状だ。
出るべきものが出ない。出てはならないものが出る。炎症する、自分自身をやっつける、自由に曲げ伸ばしできる設定の場所が曲がらない。伸びない。
体の混乱は不快な感覚として感じられる。痛い、苦しい、重い、だるい、嫌な感じ、シビレ、ピリピリした感じ、熱い、冷たい…。
不快な感覚は生命の危険を知らせ、不快な感覚から逃れたいと思うのは命を守る本能の働きである。

体の機能をコントロールするのは神経。そして神経を伝わってもたらされる電気的な信号である。
体の機能が本来ではないということは、神経の働きが本来ではないということ、神経を伝わってもたらされる電気的な信号が本来の設定どおりに伝わっていないということである。

神経は土中に広がる植物の根のように、筋肉のすみずみにまで張り巡らされている。
土壌の状態で植物の根の張り方や根っこの健康状態が変わってくるように、筋肉の状態によって神経の働きはちがってくるか、それとも何ら影響はないだろうか。
神経を伝わる電気的信号は、筋肉の影響を受けるか、受けないのか。

神経が、本来の設定どおり十全に働かない原因は、筋肉の状態に求められる。操体法ではそういう仮定によって、筋肉をゆるめる。身体には、筋肉をゆるめる働きが備わっている。筋肉をゆるめる働きのスイッチをちょっと入れてやることで、筋肉は自動的にゆるみ、ゆるんだ組織に血流が戻る。神経の働きも回復される。
血流がよくなり、神経の働きが回復されることで、組織の混乱はおさまってゆく。混乱がおさまれば、不快感覚も解消する。
操体法を通じて私はそんなイメージを持っている。

操体法を実行しながら考える。
押して痛いところと痛くないところとでは、筋肉の固さにちがいはあるか。
腰が痛いときは、痛くないときと比べて筋肉の固さにちがいはあるか。
体調がよくないときは、よいときと比べて筋肉の固さにちがいはあるか。
そして、操体法を行ったあとに、筋肉に柔軟性が多少なりとも取り戻され、混乱は多少なりとも解消しているか。

操体法を実行しながら関心を持つ。
筋肉の固さと、神経の働きには、関係がありそうか。
神経の働きと、体調には関係がありそうか。
筋肉の状態と体調との間には、何か関係がありそうか。

操体法をやるということは、多少なりともそういうことを探っていくということだ。
誰もあなたのために証明してはくれない。国や国から資格をもらった権威からお墨付きをいただくこともない。確かめたいと思ったら、今すぐにでも自分の体で確かめられることだ。

不快な症状をそのまま放っておくと、時間とともにおさまる場合もある。
不快な症状が間をおいて出たり引っ込んだりを繰り返すうち、間が短くなってゆき、不快症状が広がったりひどくなったりすることも、ある。
機能が十全でない状態をそのままにしておくと、細胞そのものがこわれてゆく。これを器質的破壊という。器質的破壊が進行すると、回復に時間がかかるばかりでなく、回復レベルが低下する。
回復しても、元通りにはならないというわけだ。すると生活の質(ライフオブクオリティ)は低下をたどる。日常によけいな不便や苦痛を背負い込むということだ。よけいなストレスにつきまとわれるということでもある。
それがまた、神経の働きを圧迫し、悪循環に陥る。

そういう危険を避けるため、体は信号を発するようにできている。何かをあなたに告げる警告。それが症状である。しかし症状は不快だから、ありがたいと受け止められることは、まずないようだ。自分の周囲を見渡せば、体の警告に聞く耳をもたないままで過ごしたあとのシナリオにはまったく不自由しないはずである。


※操体法は動きを通じて感覚神経をはたらかせ、心身を調整する運動療法です。自分にとって気持ちのよい動きを見つけ、ちょうどよい加減で動きます。
九州・福岡市内にて講習を行っております。自分の体の調整をおぼえながら、自分なりの活動を始めている方もいます。誰でも参加できる定例の講習会(参加費二千円)、少人数で申し込めるプライベート講習や個別もあります。
あなたもいっしょにやってみませんか。
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健康に振り回されたくはない。-福岡操体法スタジオの講習会 freeyourself.sotai☆docomo.ne.jp(☆→@)-
2011/10/15(Sat)
私の小学校時代の恩師は、子供の頃の成績が地を這うがごとし。それが試験勉強もなしにいきなり成績がトップとなって、以降、勉強に困ったことなどなかったという。

学校のテストが20点や30点になったら「勉強しなさい」「塾に行きなさい」と言われるだろう。
しかし学校のテストの点数が下がったときだけ勉強するっていうのは勉強ではない。
テスト対策。テストがあるから勉強する。点数を維持、もしくは上げるという目的のために限定する。私自身はそういうことが得意だったので、恩師の話をうかがううちに、なるほどなるほどと首肯することしきりであった。

体のことでいえば、健康点数が下がったとき、つまり体調が落ちたり、痛みが表面にあらわれたときにだけ、症状の出たところだけを、手当てするというのでは、なかなかむずかしいということである。血糖値やコレステロール値に追い立てられるような健康対策は、テストのための勉強と同じこと。かえって健康から遠ざかる可能性のほうが高い。

恩師は小学校六年間、成績は地を這うがごとしであったという。どこか心身の機能に医学的な支障をかかえているとして、周囲にはあきらめられていたという状況。しかし不思議なことに、成績や学習のことでなじられたり注意をされることも一切なかった。ご両親からも「勉強しなさい」とさえ一言も言われなかったという。
実家は寺社であった。大量のむずかしい本が置いてあった。それをただ読め読めと言われた。読めばいいことがあるとか、成績があがりますよとか、そういうニュアンスは一切なく、読んでごらんと、事あるごとに、事がなくても、ただ勧められる。あんまり勧められるものだから、わけがわからないまま適当に選んでは本を開いていたそうだ。開いても文字のられつばかりで内容もむずかしい。わからない。そういうことが数年続いて中学へあがった頃、いきなり高い点数をとった。自分でもびっくりした。ズルしたんじゃないかと学校にも呼び出された。そしてそれ以来、勉強に困ることは一切なかった。そういう話である。

操体法も、同じ。
わけがわからないまま続行する。複雑なリクツをこね回すのもいいいが、わけがわからないでも実行するということはだいじなのだ。操体法のほうは、数年とはいわない。わずか三日の続行でも、「へえ」と思い当たることが自分の体に起きる。起きなかった場合は、やり方を修正する必要がある。「やってみたけど、うまくいかなかった」と言いに来てもらえば済む。私は商売でやっているのではないから何も隠し立てなどしない。電話やメールでもかまわない。きちんとお答えする。

点数などには関係なく、20点だろうが70点だろうが、ケアを続行してゆけば、自分の体がかかえる慢性的な不安定要素そのものが、だんだんと消えてゆき、いつまでも健康に振り回されないで済む。そのようなやり方や方法を身に付けていくことが未病を防ぐということだ。そういうことを提案したいと思う。


※操体法は動きを通じて感覚神経をはたらかせ、心身を調整する運動療法です。自分にとって気持ちのよい動きを見つけ、ちょうどよい加減で動きます。
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