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日常という想像の産物。そのまっただ中に住している。
2012/03/08(Thu)
想像は現実の重さを欠き、デタラメに近いと思われている。しかしながら人間の感覚・認識は不完全であり、現実もまた仮想以外の何ものでもない。
般若心経を持ち出すまでもなく、わたしの日常は想像の産物以上のものでも以下のものでもない。それを逆にいえば、想像をバカにするなということになろうか。

以前の記事に瞑想のことを書いた。瞑想は明らかに想像といえよう。
部屋で静かに座っている自分を見つめるもう一人の自分。それがしだいに部屋から離れて市内を見渡し、さらに九州全体を視野におさめてゆく。それからさらに日本全体、地球全体を視野におさめ、太陽系を、天の川銀河を想像し、視野におさめるのである。天の川銀河を視野におさめながら、それと同時に、二つの鼻の穴を出入りする息の流れを感じている。
自分はここにいる。と同時に、あそこにもいる。天の川銀河は横から見るとつばのだだっ広い麦わら帽子のかたちをしていて、そのつばのはしのところ、目に見えない砂粒のようになった太陽系とおぼしき一点を、わたしはじっと見つめている。
見つめながら、さらに遠くへ離れてゆく。どんどんと離れてゆくうちに、たくさんの銀河がいっぺんに目に飛び込んでくる。広大な宇宙空間の中では銀河もまた砂粒のようなもの。もう太陽も見えなければ地球も見えない。わたしの姿など、どこにあるかも分からない。いるか、いないか、分からないようなものだけれども、そんなことおかまいなしに、わたしはのんきに座って息をしている。
これは想像上の空間なのか。それとも現実の空間なのか。
めまいのしそうな空間の、同時並行的な状況。

時間の同時並行的な状況を想像することもある。
分かりやすいのは「ご先祖さま」。
ご先祖さまは自分の過去の住人であるが、それと同時に、自分がこれから向かう先の、未来の住人でもある。ご先祖という不思議な時間のことで瞑想することもある。
時間と空間。それらそのものがもともと人間のコンセプトであり、想像の産物である。時間と空間を日常とするわたしにとって、想像の産物がリアルであり現実である。
そのことがたまらなく不思議に思われることが、わたしにはある。その不思議を当たり前に生きている自分の日常が、たまらなく不思議に思われることが、ある。
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