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いつ治まるか分からないような花粉症に振り回されたくはない
2012/03/06(Tue)
生まれてすぐにアトピーで、アレルギー発作の苦行に放り込まれた。春とはいわず夏には夏の、秋には秋、冬には冬の「花粉症」があった。体をかきむしって血だらけになり、かゆい目をこすり鼻水たらしてくしゃみする。その体験から考えさせられることは少なくない。

鼻水たらした子供は十年病院にたよった末に、菓子のたぐいを断つことを知った。すると大きく改善したのが分かった。さらに情報を得るごとに肉も断ち、よく噛んでもみた。すべては一人で決めて、一人で勝手に実行した。水やジュースなどの水分を食中食後に飲まないようにもし、自信がつくと山を歩くようにした。一つ一つの実行は不完全でも、それなりの改善と手応えがあった。食べる量も減らしてみた。体もゆるめてみた。精神修養にもつとめてみた。
結果の見込みがどうであれ、やって別にわるいことではないことはやってみた。むしろ人生の充実にはよいことだった。成果はどんどん明らかになっていった。

いま思えばそんなに頑張らなくてもよかった。じたばたせずに、やまない雨空を見上げてじっと待つというやり方もあった。焦っても身が持たない。我が身を悔いてもしょうがない。われわれはご先祖から恩恵を受けて生きる一方、ツケを支払わされることにもなっている。体のことは一代でつくられたものではないから一代でケリのつく問題ばかりではない。
しかし私は忍耐のない人間だから、じっとしていられず、雨の中を夢中で飛び出してしまった。それを偉いですねとか言ってくれる人もあったけど、実行した人が偉くて、実行しない人がダメとか、そういう優劣の問題ではない。「まあ~偉いですね。えら~い」は実のところどうなんだろう。「あなたは偉い。わたしはそこまで偉くないから生活改善しません」と聞こえることもある。「うらやましい」という気持ちや「生活を改善するだなんて、とーんでもない!絶対お断り!」という拒絶を表現するようにも聞こえる場合がある。しかしこればかりは「やったもの勝ち」の世界。

アレルギーの発作で赤い目をして鼻水たらしていても、平気で笑っていれば不幸にならずに済む。病院医学ではアレルギーのことは実効性のある決め手を欠いている。発作が連続するか、パタッと急に止まるのか、それは自分の体にきくしかない。
発作が起これば悲観し、発作が止まれば楽観するなら幼稚園の子供にもできる。悲観は病状を悪化させる。楽観と悲観のあいだをおろおろ行き来するのは愚かだというくらい大人なら分かる。
体がかゆい、目がかゆい、鼻がつまり、鼻水がたれ、数秒ごとにくしゃみがくる。頭は重く、ぼーっとして酔っ払っている。
決して楽しいことじゃないが、予測のつくことしか起こらない。そういう意味では恐いものではない。治るものなのか、治らないものなのか、誰にもわからない。そんな茫洋としたものを相手にいちいち心配していたら、かえってストレスだ。実効のないことをやって苦にするくらいなら、できる限り無視したほうがよほどましというものだ。
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