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理論に矛盾があってはならないが、人間はむしろ矛盾のカタマリ
2012/03/02(Fri)
「やり方よりむしろ現場の人間しだい。信念ある現場は成功し、信念のないところは何をどうやっても…」。結局どんなメソッドでもかまわない。メソッドを追い求めた末たどりついた皮肉な結論だよ。立場上ここだけの話だけどさ、と話は結ばれた。
ある教育メソッドの普及に一生を捧げた教授のつぶやきだ。

大学で理学療法を学んだ若い人が訪ねてきた。
大学で理論を学んでいるうちは、よかった。しかし現場に出ると通用しない。実績の保証された理論だと思って疑いも持たずに打ち込んでいたが、そうではなかった。「研究に有利なデータなんか研究室でいくらでもつくれるということも分かりました」。先輩や同僚のところに足を運んで相談すると、「今さらそんなこと言ったってしょうがない」「仕事だと割り切れ」。しかし割っても割っても余りは出てくる。そういう話をするのだった。
信念はだいじだけれども、まちがっていると分かれば信念はくずれる。信念を保つだけの価値もないものに、人生の貴重な時間と労力を費やすのは確かに苦痛だろう。

操体法にももちろん理論があり、実績もある。しかし確固たる信念はそれぞれ自分の現場で身につけるしかない。最初から信念の持ち合わせなど誰もありはしない。自分で試し、他人にも試し、結果を見落とさず、正しく判定する。正しい判定に行き着くまでのあいだは答えを保留せざるをえないだろう。一人の判断では解決できないことも多い。すぐに自分で解決することなどは課題とはよべない。
子供のころから受けてきた学校教育では、教室内で割り切れる問題が集められていた。一時間程度の区切りの中で「そうか、わかったぞ!」を忙しく繰り返されるような課題が、24時間ごとにテストされる。丸とバツをつけられて一喜一憂する生活が十数年もしくは二十数年も続くのだ。

教育問題も健康問題も、理論に矛盾がないとなれば、人間のほうに矛盾があり、矛盾のある人間のほうがわるいということになる。コレステロールや血圧の高いところに元気な人間がいて、人の定めた基準範囲のほうに元気のない人間がいるとしても、検査がおかしいと思うよりむしろ、そういう人間は例外で、理論の外に人間がいるというのはけしからん、とまあそういう風潮なのだろう。
理論は人間がつくる。しかし人間は人の手でつくられたものではない。人間は自然の創造物だから、もともとが想定外の存在だ。人間の理解の範囲内のことが起こるというほうがむしろおかしいのかもしれない。そういう前提で見ていく必要もあるのではないかと思う。
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