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自分の目の前に広がる世界には自分の姿が映りこむ
2012/02/25(Sat)
自分の顔を直接見ようとすれば鼻の先っぽくらいのもの。顔だけじゃない。自分の姿かたちや心だって、全体が見えているわけじゃない。ほんの鼻先ほどのものなんだろう。

自分が変われば世界も変わるという。目に映る世界は、見る人間によってその姿を変える。鏡に写し取られた顔のように、自分の姿かたちや心というものが、自分の目の前に広がる世界に映りこむのである。今の自分にこの世界はどのように見えているか。意識が変われば世界もまた、まるでちがったものが見えてくる。

人助けは自分助け。自分が助けてもらいたいときは特に、助けられる側が助けるほうの側に身を置いてみることで、立場の転換がはかられ、見える世界がちがってくる。
自分の目に映る相手の姿はあくまで虚像。鏡に映った自分自身の姿であり意識である。どうすれば道がひらけてくるか。何がどうなればよいのか。他人のことを考えるのと並行して、自分のことに取り組んでいる。助けることでおのずと道がひらけてこちらが助けられてゆく。そんな場合もある。

「自分の体を強くしたい」とか、「自分の体を治したい」とか、自分自分で積み重ねた先の道は細っていって一人通るのがやっと。しまいには袋小路が待っている。どこまで行こうと自分の鼻の先っぽしか見えてこないこともあって成果が出にくくなるのだろう。
操体法で知ったことはリアルタイムでどんどんと周りに伝えてゆく。一人の体験が二人、三人と広がって、さらにそれからまた伝わって十人にも百人にも広がって、自力療法の輪があちこちにできてくる。互いの姿を映しあう万華鏡ともなれば、助ける・助けられるの区別ももう定かではなくなってゆくだろう。
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