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もともと地球はゆたかだ。やっきになって過ごしてもしょうがない
2012/02/22(Wed)
金品を自分のところにできるだけ沢山かき集めたいという気持ちは誰もが持つ。しかし地球の豊かさに比べれば、人間のかき集める財など、たかがしれている。

「地球は豊かなところだ」と実感したのは、文無しで大学に合格した際に奨学金がおりたとき。労働と引換えでなく、向学心以外に何の見返りも求められない純粋な金だった。
会ったことも見たこともない人から小切手がじっさいに送られてきても、まだ信じられないという気持ちがした。小切手に添えられた「奨学生の自覚を持って勉学に励め」という文面を読み、「やる気さえ失わなければ一生何でも好きなことをやってゆける!」と強く思った。
おそらくこの世界は、私が成長することを望んでいる。なぜ自分の成長をこの世界は望むのだろうか。
そんなことを考えるにじゅうぶんな刺激だった。

人間の成長の行き着く先には、意図する・しないにかかわらず、「世のため人のため」につながってゆく。だからこそ奨学金制度も成り立つのではないか。そう私は思った。一人が使い尽くして終わりにするのではない。自分が使った先に、自分からあらたにつくり出されるものがある。そうした見込みの「財」もあるのだというようなことを、在学中に小切手を受け取るという繰り返しの中で考えていた。

地上にはモノやカネといった「財」があふれており、それを支えるのは地球のゆたかさである。
人間が生きていられるのも、元をたどればこの地球がゆたかだから、ということにすぎない。
人間にできることは、あくまで分配。ゆたかな地球が戦場になるのは、人間関係のほうに少々の不具合があるというだけのこと。戦争で湯水のように費やされる膨大な物資も兵器もまた、支えているのは元をたどれば地球のゆたかさに他ならない。

やっきになって集める必要など、ないのではないか。
これが自分なりの、世界への信頼というべきものなのかもしれない。
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