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旅に出て旅から戻る。あらたな日常の回復が始まる。
- 2012/02/14(Tue) -
どんなにダメな日常でも、どんなに改善したいと望んでも、慣れた日常からこの身を引きはがされるのは何よりもつらい。生活の改善に痛みがともなうのも当然である。

出不精で旅が嫌い。公共の交通機関が苦手。そんな自分が県外の山歩きに出かけることを三年ほど続けた時期がある。
旅だちを決心した瞬間から出かけるまでのあいだ、ゆううつで苦痛で後悔ばかり。旅はしがみつきが重症になるほど苦痛をともなう。フジツボやイソギンチャクが岩から引きはがされるように、くずれたり傷ついたりもする。苦痛なのはむしろ当たり前。それを自分の手でやろうというのだから大変である。
やめたければやめればいい。しかし実際に取りやめたことは数えるほどもない。

自分を変えたい、少しずつよくしていきたいとどんなに望んでも、ダメな自分のことをダメなところまで全てにこだわりを持ち、しがみついている。
旅を体験するごとに、そのことを思い知る。
旅好きの人で、気楽に旅をしているように見えても実はそうでないことも少なくない。
「出かける前には何もかもきちんと整理する。人が立ち入るような事態のときに備える」。
そういう話をうかがうこともある。
現地に到着できるのか。自分の部屋にまた戻ってこれるのか。
ぜったいの保証はどこにもない。

旅がきらいな私でも、旅慣れることはできる。
以前ほど出かけることはなくなったが、それでも年に何度かは出かけて宿泊する。
出かけると決まった途端に後悔とゆううつとが襲ってくる。難儀である。しかし手はずは整ってゆく。出発の三日前には出かける準備と部屋の片づけが始まる。出発の前夜には寝ないことも多い。「もしも」の時のことがきちんとできるまで寝ることはしない。
出かける前には飯を炊き、持ってゆく。旅では空腹を感じないので持参分で二、三日は過ごせる。
不安のピークは出かける数時間まえ。しかし出かけた瞬間から不安はぴたりおさまる。
後ろのことは全て終わらせた。もう前だけ見ていればいいのであるから気楽なことこのうえない。このまま帰らなくてもいいぞというくらいの勢い。

旅では体がよく動く。計画にこだわりもしないが、気づけばほぼ計画どおりに動いている。計画をなぞって実行するのではない。予想が案外はずれていなかった場合は、旅の現場で無理のない選択をするたびに、計画の流れにほぼ一致してゆくものである。
そのうち想定外も混じってくる。だんだんどうでもよくなってくる。部屋に帰りつけそうならば、あとは何が起きても構わないというように、妙に大胆になってくる。刺激に反応する自分と出会う。それも旅のおもしろさだ。

旅から日常に戻り、しばらくすると、フジツボだかイソギンチャクだかが、元の場所からちょっとだけ離れた、新しい岩場を見つけて傷口を再生しつつ、根をおろしていく。散らかり放題だった日常生活も秩序が取り戻されている。改変もスムーズに受け入れられ、組み込まれてゆく。
元の木阿弥に戻ることも多いが、旅と日常とのあいだを行き来することの中から改善されることも多い。旅には体力的、経済的負担がかならずともなうから少々の傷は避けられない。旅から戻るというのは、あらたな日常、あらたな再生の始まりであり、回復への道のりでもある。
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