FC2ブログ
2019 12 ≪  01月 12345678910111213141516171819202122232425262728293031  ≫ 2020 02
組織の中をいくらかきわけても「病気」なんかどこにもない。
2012/02/06(Mon)
意識と想像で自分の体の中を探検してみる。そこにあるのは生命の営みだけ。どれが「病気」で、どれが「痛み」で「苦しみ」なのか。そういうのは探してみても、どこにも見あたらない。
病気も痛みも苦しみも、もともとは人間が勝手に特定し、勝手に名付けたもの。そういうことで人はしょっちゅう悩んだりもがいたりして過ごしている。
「ふうん、そういうことかもしれないよなあ」という気持ちで、自分の呼吸に集中する。
体に空気の流れがすうっと入りこんできたり、もやもやと出てゆくのを、人ごとのように追っている。
そういう時間を、毎日持つようにしている。

部屋の中に座っている自分には、この部屋が自分の世界であり宇宙である。
この自分の世界を、この建物全体、この町、この都市全体へと少しずつ拡大してみる。座っている自分を中心に、どんどんと遠ざかってゆく感じ。
この都市の中で、正座して座っている自分は、いるのだけれど、もう見えない。見えないけれど、確かにいる。
さらにどんどん遠ざかると、目の前には九州ぜんたいが、日本ぜんたいが広がってゆく。そして地球、そして太陽系、銀河系サイズへ。銀河系のような星雲が何千も何十万も浮かんだ宇宙のサイズの世界へ。そしてそれを眺める、目に見えない自分。

自分の呼吸を、体に出入りする空気の様子を感覚で追いつつ、自分の外の世界をズームで拡大したり縮小したりするようなことをやっている。

次は、自分のサイズ、等身大の世界から、ミクロの世界に入り込む。自分の体の内部へと入り込み、自分を内側から眺めてみる。
そこに何が見えるか。
全身を縦横にかけめぐる網目の道筋が見える。真中のくぼんだ、やわらかな赤血球が、渋滞しながら走ってゆく車のように、血管の中を押しくらまんじゅうしながらずいぶん忙しく通り過ぎてゆく。いつまでもいつまでも血管の網目をぞろぞろと。流れ星のようにツイツイと流れてやまない電気の流れが神経線維を走ってゆく。
この、どこが「病気」だろうか。どれが「痛み」で、どれが「苦しみ」なのだろう。
生命の営みだけが、そこにある。病気とか痛みとか苦しみとか、人は自分で勝手に名付けたものに、必要以上にとらわれてはいないか。「そういうことなのかなあ」という気持ちで、空気の流れが出たり入ったりを繰り返す、体の営みのありさまを、人ごとのように追っている。
そういう時間を、毎日持つようにしている。
スポンサーサイト



この記事のURL | 生活改善について | CM(2) | TB(0) | ▲ top
コメント
- 病気も何もかも好奇心の対象に~~ -
「もしも風邪というものがなかったら、この体にどういう損失・どういう危機が起こりうるか」ということを、野口晴哉著『風邪の効用』の内容などもふまえて考えると面白そうではないですか~。
何を風邪と定義するか。最近、自分の風邪はものの数時間で経過して終わることが多いのですが、それが不発を表現しているのか、それとも効率のよい処理を表現しているのか、読み取れるメッセージは一通りではないと思いますね。作家の村田喜代子さんは「わたしは何でも楽しみ。死ぬのも楽しみ」とウキウキした様子で話してありました。一回きりの人生の体験に、ウキウキするのですって。風邪も一回一回が一期一会といえるでしょう~~。
2012/02/20 09:06  | URL | 山下えつ子 #-[ 編集] ▲ top
- 風邪三日目なう… -
こんにちは、
久しぶりに、風邪で三日間ほど寝込みました。
苦しみや、痛みが出て来てうなされたり…
自分の観察をしながら、またこの世は何たるものかなど、
いい機会なのかもしれません。
鼻水の量が半端じゃありませんが(笑)、
風邪の経過を、味わいながらもの思いにふけっています。
2012/02/06 16:58  | URL | ミズサキ #-[ 編集] ▲ top
コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する


▲ top

トラックバック
トラックバックURL
→http://soutai007.blog32.fc2.com/tb.php/902-b9bfe909

| メイン |