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自由になりたい・自由でいたい。-見えない感覚の残し方-福岡操体法スタジオの講習会 freeyourself.sotai☆docomo.ne.jp(☆→@)
- 2011/11/14(Mon) -
自由でありたいと思っていても、すでにいろんなものにしばられ、よけいなものばかり身につけてしまっている。「そんなことない。私は自由だし、勝手に好きなように楽しませてもらう」と割り切るのが「趣味の世界」。いつしか趣味の領域を飛び出して素晴らしいことになっていたというのも確かにあるが、飛び出すどころか行き詰まるのも大半。行き詰まる・行き詰まらない。面白くない・面白くなる。領域を飛び出す・飛び出さない。そうしたことの違いはどこにあるかと思う。

趣味の領域を飛び出す要素に「続いていく」がある。
行き詰まることが少なく、「面白くなる」「熱中する」という要素も「続いていく」には必要である。
行き詰まってばかりで面白くもない。がまんして続けても熱中しない。それでは不毛だから継続する理由も見つからなくなるのは時間の問題。

楽器。絵。文章。そして操体法。習ってみて思うのは「感覚がだいじ」ということである。
感覚が狂うと自分ではいいつもりでも、大きく外してこてんぱんな目にあう。
たいていは自分勝手なことをしている。自分のクセが強く出てくるのを自分の真骨頂・新発見とカンちがいして「少々上達した」などと思う。
そのうち行き詰まって身動きがとれない。迷いの道に入り込む。こうなれば引き返すか、進むのをあきらめるしかない。

絵なんぞ自由だ、どうでもいい世界だと思っていると大違い。楽器だろうと絵だろうと、ほんとうの自由の境地にたどり着くには長い長い道のりがある。人間とは厄介なもので、自由でありたいと思っていても、すでにいろんなものにしばられ、よけいなものばかり身につけてしまっている。ほんとうの自分の感覚を磨くというのは、そういう自分のこと一つ一つに気づき、自分をどれだけ捨てられるかにかかっているのではなかろうかと思う。
要は感覚の問題なのだと、今さらながら、思う。

師匠のもとに毎週、足を運ぶたびにハッと思うことが多々あって方向を修正する。修正しては、はずれ、はずれては修正する。繰り返すうち、十九年があっという間だった。チャンスある限り、私は師匠のもとへ通う。それは全くムダにはならない。ムダには、したくない。そう思う。
講習で「操体法を教える」という限りは、橋本敬三先生の操体法なのだから、自分勝手なことにしてしまっては申しわけない。自分の創作をやるのなら勝手でいいけれども、操体法講習という限りはほんものの操体法をやらなければならない。そんな気負いはある。
かたちで残すのなら本やDVDなどの手段や方法がある。しかしその感覚は、生きた人間が生きた感覚を身をもって残すのでなければ、残らない。
そういうことを考えるうちに、絵や文章や楽器よりも生命は寛大なところがあるのだけれども、結局は同じようなところがあるだろうなと思った次第である。


※操体法は自分で動きながら運動神経と感覚神経とを同時にはたらかせ、自律神経本来の働きを取り戻す運動療法です。自分にとって気持ちのよい動きを見つけ、ちょうどよい加減で動きます。
九州・福岡市内にて講習を行っております。自分の体の調整をおぼえながら、自分なりの活動を始めている方もいます。誰でも参加できる定例の講習会(参加費二千円)、少人数で申し込めるプライベート講習や個別もあります。
あなたもいっしょにやってみませんか。
お問い合わせ メール freeyourself.sotai★docomo.ne.jp (★を@に)もしくは080-1720-1097(山下)まで。
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