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力の出ることば「笑顔招福」と「障害打破」-未病を治す福岡操体法スタジオの講習 お問合せ soutaiabc★yahoo.co.jp(★→@)-
2011/09/16(Fri)
崩れる幸せだったら本当の幸せとはいえない、と子供のころ考えていた。団らんの最中にふと、足元を支える床が崩れそうな予感があった。
困難が持ち上がるときのほうが現実感があるというか、迷いなく元気に立ちあがる。「障害は私を屈せしめない。あらゆる障害は奮励努力によって打破される」(『レオナルドダヴィンチの手記』岩波文庫)という言葉に私は共感する。

しかし障害物が具体的なかたちとなって目の前に出てくるまでのあいだ、どうするか。実際、すでに団らんの最中に足元では床が崩れ始めているのかもしれない。崩れ落ちてしまってから、さあ困難が来たと立ちあがるのでは、遅い。
「未病を治す」という考え方は、目の前に障害物があらわれるのを待たない思想である。
団らん的な幸せの中にどっぷりと浸り、床が崩れ落ちるまで何もしない。それがふつうではあるのだが、それでは「未病を治す」などとはとうてい言えないのである。

笑顔招福という言葉がある。
あらゆる困難を笑顔で迎えていると、困難が困難でなくなり、しだいに福に転じてゆく。そんなイメージなのであるが、もう1つ、こういうイメージもある。困難も、笑顔で迎えられるくらいの段階にあるうちに、福に転じておく。本当の困難にならないうちに手を打ってゆけば、誰にだってやせ我慢の笑顔でなく、ゆとりの笑顔をたやさずにいられる。

本当の困難に直面したときには「笑顔といわないまでも、これをどう受けとめれば泣きっつらや怒りで迎えずに済むだろうか」と考えるのが智恵と思う。
ウソでもいいからヘラっと笑って、「参ったなあ」と頭をかく。そういうゆとりがほしい。

次から次へと目の前に大なり小なりの障害物があらわれる。それが生きるということだとすれば、障害物の1つ1つに悩んだり苦しんだりしていては身が持たない。
いかなる困難に対しても喜びとやりがいが感じられれば、恐いものはなくなる。むしろ困難が好きになるかもしれない。
一般に言われる「団らん的幸せの図」はもともと一時的なもの。終わりのない宴などない。いつかは崩れる幸せのかたちだ。「まあこういうのも時にはいい」と思うくらいのもの。それを継続しようとか、それが当たり前にふつうと思うから、おかしなことになる。

好きな言葉・モットーは何かと訊かれたら、笑顔招福と障害打破。自分にとって力の出る言葉だ。


※操体法は、動きを通じて感覚神経をはたらかせ、自分にとって気持ちのよいところを見つけ、ちょうどよい加減で動かしながら、心身の回復をすみやかにする運動療法です。
九州・福岡市内にて講習を行っております。自分の体の調整をおぼえながら、自分なりの活動を始めている方もいます。誰でも参加できる定例の講習会(参加費二千円)、少人数で申し込めるプライベート講習や個別もあります。
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