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質問されて胸を突かれるとき、答えられない自分とはじめて向き合う
2011/08/11(Thu)
通りで七味唐辛子を売る二つの屋台を見たことがある。一方は人がたかり、一方には人が寄らない。内容も価格も同じだが一方は口上がうまい。威勢のよい説明とともにアオノリや麻の実なんかを鮮やかな手つきで混ぜていったりするので足を止めてしまうのである。
16歳の頃から数年間、実演販売の経験があるから、私はこういうことにはとくに興味をかきたてられる。

「はじめの人にはじめて説明するときがむずかしい」「説明しても、うまくいかない」という質問が、まさにこの点についてなのだった。「こういうパターンも考えられます」と講習で実例をやってみせたが、教わってできることでもあるまいなあと思う。

スイーツの話ならいくらでも話せる。自分の子供のことなら何時間だって話せる。なぜだろうか。それはスイーツのことを何度も何度も繰り返し考え、自分の子供のことを何十分も何時間も考えたからである。七味の屋台のおじさんだって、七味のことをどれだけ考えたかしれない。
人に何かを説明できるようになるためには、自分の中にあたらしい思考の流れをつくる必要がある。新しい思考の流れがつくられるまで何度も何度も繰り返し考える。自分の言葉ですらすら話ができるようにまで、何度も何度もそのことを考える習慣をつけるのである。

「操体法は一言でいうと、何なんですか」「操体法はどういうからくりなのですか」と、自分自身にインタビューしてみる。さて、どのくらい話ができるだろう。一人でやって即答できなかったら、人に訊かれたその場で答えられようはずもない。

「え~っと、え~っと、そうですねえ」と返事を考えてみよう。うまくいかない? その場合は、橋本先生の著書『からだの設計にミスはない』などを開き、ページを繰りつつ眼を通す。まあ一種のカンニングである。「つまりそれはですね、あっ、ほらここに書いてあるとおりのことなんですが」と話してゆく。途切れ途切れでかまわない。本のあちこちのページをめくりながら、「あれっ、こんなことが書いてある」「あんなことも書いてあるぞ」と発見があるはずなのだ。心に引っかかってくるキーワードを見つけ次第、アドリブで話してゆく。「まあ今度ゆっくり時間をかけて、また読むか」ではダメなのだ。あくまでカンニングでもするつもりで「だから、つまり、操体法っていうのはですね…」とやっていく。

「これは何か」。正面きって訊ねられると、何だってカンタンに答えられるものではない。「花ってなあに?」「お空って何なの?」「太陽とは何か」「運動とは何か」。そら、どれもむずかしいではないか。質問されるほうの身となれば厄介至極。そんなこと質問するほうがおかしいと、目を白黒させられることもあるだろうが、そうではない。私たちは分かっているつもりで何も分かっていないのである。正面きって訊ねられ、ハッと胸を突かれた瞬間に、明快に答えられない自分をはじめて発見する。
そこからが、勝負。そこからが、勉強である。
人に教わったことをそのまま実行できるのならそれも悪くはない。しかしそんな器用なことができるくらいなら最初からこんな質問はしない。「教わったけれども、なかなかできないなあ」と感じることのほうが多いはずだ。「教わったときは分かった気になるけど、イザ自分でやってみると分からない」。

「やってみるとよく分からない」ということこそが、大切。自分でやってみて、何がどう分からないのか、どうむずかしいのか。それがよく分かるだろう。具体的なよい質問というのは、そうした生の現場でこそ用意される。よい質問をすることによって、自分もだんだんと分かってくる。
私も質問を待っている。活発な質疑応答あってこそ、こうして集まる意味もある。どんどん手こずる質問を浴びせ、ハッと胸を突き、「一本」を取っていただく。そういうことも、あると思う。


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