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自分たち全員が被災者だという気持ちで節電を
2011/03/15(Tue)
電気のない生活を送っている知人がいたが、周囲には完全に変人扱いされていたっけ。
今日は節電のチェーンメールが回ってきた。西日本の電力を東日本へ送ろうという気持ちで節電を呼びかける内容だ。
今、日本中が「自分に何ができるのか」を考えている。

被災地では一日一個のお握りでしのいでいるところもあるという記事を読めば、リュックに食料をありったけ詰め込んで持って行ってあげたい気持ちになる。被災地ボランティアツアーでもあれば申込みたいという人も少なくないかもしれない。しかしボランティアも滞在すれば食べたり寝たりする。ボランティアの生活を支えられるだけの最低限の用意も必要だ。勝手に動けばかえって迷惑になるかもしれない。

自分の家にいて、今までの生活を送りながらできることといえば、節電だ。節電への行動が、「西から東へのプレゼント」という気持ちにつながり、また逆に、「西から東へのプレゼント」という気持ちが節電行動に結びつけばと思う。
ふだんの生活の中の気配りから、何か思いつくこともあるかもしれない。
募金もいいが、人間の世の常で、被災地支援の募金にまつわる詐欺行為が現れているとのこと。信用のおける団体に寄付しなければ意味がない。

二十数年前、大学で原発労働者のことを研究・発表するサークルがあった。
原子力発電所というと最先端技術・高度技術のように思われていたのだが、配管に入ったヒビの修理には、バケツ一杯のボンド(接着剤)をかけるという手法がとられ、冷却水漏れのときには人間が雑巾で拭いてまわるといった、きわめて原始的な手法がとられていると聞いた。また、発電所で作業するときの作業服やマスクは、現場では蒸し暑くて耐えられず、勝手に脱いでしまうこともあるということだった。
そういったことを知って、「ああ電気に支配されるこの便利な生活にはいつかしっぺ返しが来るかもしれない」という気持ちになったのをおぼえている。
福島原子力発電所から爆発の煙が太く立ち昇ってゆく映像を目にした時。そして町の電車が止まり、信号機が消えた映像を目にしたとき、思い浮かべたのはこのようなことだった。

被災地への支援というのは、他人への支援ではなく、自分への支援だとはいえないだろうか。東日本へのダメージという受け止めかたではなく、日本全体のダメージ。広い意味で、自分たち全員が、被災者であるという気持ちで、復興・復旧のことを考えなければならない。今までよりもいろんな面で不自由を感じることがあるかもしれない。それがみんなで負担をするということだろう。
地震はまだまだ終わっていない。発電所の被害がどの程度まで進むのかも、まだわからない。
電気のない生活を送っていたあの知人は今、どういう気持ちで過ごしているだろうか。
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