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鳥たちのいる川の風景
2010/08/19(Thu)
釣りをしている人の背後でじっとしている一羽のゴイサギが「今日はもうたくさん食べさせたじゃないか。少しは自分で働きなさい」と説教されていたという。それでもゴイサギは前を向いてじっとしている。そんな写真がある。
川にいる鳥でサギというと白いイメージを持つがアオサギは灰色である。体長90センチほどといっても細長い脚とひょろりとした首とで身長をかせぐ感じ。このアオサギが釣り人たちから釣ったサカナをもらうということが全国的に見られる。動物学のテーマになりそうなくらいの事例がある。

釣り人が釣りをするのはサカナを食べたいからとは限らない。キャッチアンドリリースといえば聞こえはいいが、持って帰って食べたくなるような川ではないことも多い。うちの近所の大きな川も水道水を供給する川とはいえ、サカナたちには気の毒なほど水が汚れている。散歩中の犬が飼い主の手を振り切って川に飛び込む光景をよく目にするが、飼い主は一様に「やめてー!」と悲痛な叫び声をあげている。洗っても洗ってもヘドロのにおいが消えないという。父が学生のころはこの川で泳ぎ、大きなウナギやフナを手づかみでとっていたと聞く。川べりを散歩するたびにその話を思い出す。
キャッチアンドリリースはサカナの命を救うのか。釣り雑誌の編集の方に尋ねてみたところ、サカナの体に対しての釣り針は、人間でいうとぶっとい鉄の棒が突き刺さるようなものだという。
「あんな太いものが刺さって大丈夫ということはまずありえない。実際に釣り堀では片目がつぶれていたり弱っていたりでまともなコンディションのサカナはいない。キャッチアンドリリース禁止でお客さんが釣ったものは必ず自分で持って帰らせるという釣り堀さえある。キャッチアンドリリースは釣り人の気休め。釣りは殺生。釣りをするというのなら、相手の命を奪うというくらいの覚悟はしておいてほしい」

自分は女だからだろうか、食べられないサカナをわざわざ釣りたいとは思わない。釣りは何度か経験があるが、自分で釣ったものは自分で食べたくなる。リリースにはむなしさがともなうだろう。もっと大きくなってからねというならまだわかるが、ぜんぶリリースすると決めて釣りをするというのは私などにはわからないことだ。あいまいなキャッチアンドリリースをするくらいなら誰かに食べてもらうほうがよほどいい。
一枚の写真がある。釣り人の背後に白いサギと灰色のサギがじっとひかえている。釣りをしている男性は「待っていてよ。大物釣ってやるからな」と声をかけていたという。無表情なサギたちがまっすぐ前を向いているのに対して男性の表情は実にうれしそう。そういえば子どものころに近所のおじさんが釣ってきた雑魚をなべで煮て野良猫にふるまっていたのを思い出す。毎朝川に出かけていって夕方煮る。口をきくことはめったにない人だったが、猫たちがサカナを食べてしまうまで眺めていたのを思い出す。
別の写真では、高い鉄塔のような建物の上に数羽のアオサギが釣り人たちをじっと見下ろしている。何メートルおきかに決まった位置があるのか、めいめいの場所に立って控えている。釣れたのが見えると舞い降りてくるというが、一斉に舞い降りてくるのだろうか。順番があるのか。全員の口に行き渡るほど釣れるのだろうか。
叱られているゴイサギもいる。ゴイサギは黒っぽくてずんぐりした体格だ。釣りをしている人の背後に来てじっとしている一羽のゴイサギが、「今日はもうたくさん食べさせたじゃないか。少しは自分で働きなさい」と説教されていたという写真。それでもゴイサギは前を向いてじっとしている。そんな写真。

老人の熱中症の記事が毎日のように新聞に載る。熱中症で倒れる場所は、閉めきった室内であることが多いという。川辺の炎天下で何時間も釣りをしている男たちはいかにも暑そうであるが、見た目ほど暑い思いはしていないだろう。私は最近、川で気に入った場所があって、そこに腰掛けて長い時間を過ごしているが、暑くはないのである。背中を太陽にさらしていると、背中に汗が流れていくが、そこに絶えずゆるやかな風が吹いてくる。背中というのはそのようにできているのか、白いサギやアオサギや、スズメやドバトやカラスたちも、平気で背中を炎天下にさらしている。一人でじっと腰掛けていると、何羽かのドバトが舞い降りてくる。残飯など何度かばらまいたことがあるのを覚えているのか。立ち止まった人には誰にでもアピールするのか。「きょうはないよ」と声をかけて知らんふりをしていても二羽三羽と増えてゆき、結局11羽集まる。もらいがなくともかまわないふうに水浴びを始めたり座り込んだり羽をつくろったりする。私はハトたちに群れの一員として認めてもらえたような錯覚におちいる。彼らは私に期待もしなければ落胆もせず、責めることもしない。「あしたは何か持ってくるよ。忘れるかもしれないけれど」そういって立ち上がっても、ハトたちはべつにこちらをふり向きもしない。おのおの好きに羽づくろいをし、好きに地べたにねそべって過ごしている。
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