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虫のにぎわいも春の楽しさの一つだったと思う
2010/05/19(Wed)
春のおとずれを全身で喜び、歓迎を表し、にぎやかにふるまう昆虫たちの姿が見られなくなっている。2400本ものバラが咲き乱れるバラ園で出会ったミツバチは2頭だけ。奇妙に静かな花園だった。近年ネオニコチノイド系の農薬に切り替えられてきた影響だという指摘もある。

2400本のバラが満開だというので行ってみたのだった。私のねぐらから10キロ四方は登山口ありバラ園ありとけっこうなことである。バラは申し分なかった。公園全体が色とりどりの花であふれた、一抱えの巨大な花束であり、これを実現するために園芸の方々の努力と苦労ははかりしれないものがあろうと思われ、せっかくなので2日連続で出かけていったほどである。
しかし最初から何となくわかってはいたのだった。これだけの花がむんむんと咲き誇っているというのに、そのことを全身で喜び、心から歓迎し、にぎやかに振舞うものたちの姿が決定的に欠けていたのである。ありったけのかぐわしい酒や料理をそろえたパーティー会場だのに、そこを飛び回る美しい衣装をまとった人々や、年に一度の宴を高める歌を歌ったり、むさぼり味わい楽しむものたちが欠けていれば、ちっとも楽しくはないだろう。それと同じことであった。

私は高度経済成長の始まる直前に生まれ育ったことを貴重と思い感謝もしている。私の幼いころは、花があれば、それと同じくらいに色鮮やかな昆虫たちが集まりにぎわっていた。花の中にはメタリックな輝きをした甲虫がもぐりこんでいたし、大小さまざまなチョウは踊り狂う花のようにあたりを飛び回っていた。チョウの踊りをはやしたてるように、さまざまなハチたちが、高い音、低い音、うなる音などで延々と伴奏を続けている。集まる虫たちをねらうジョロウグモやカマキリたち。そしてカエルたち。これから外の世界で飛び回るであろう幼生や幼虫たちがひしめきあい、うごめきあう。こんなにぎやかさに囲まれてはじめて私はこれが花園だと思い、身に余るぜい沢を実感するのである。

高度経済成長が始まって以来、別れのさびしさを実感する日々が続いてきた。慣れ親しんできた生きものたちがごっそり姿を消していくことに気づかずにもおれず、心が痛んだりさびしい思いをせずにはいられなかった。これからも自分が生きている限り、にぎやかな花園というのはないだろうから自分の気持ちもなかなか変わることはないだろうと思う。
バラ園は、もういい。そう思い、今朝は登山口へと向かった。小雨が降ったりやんだりで空気が澄んでいる。ツツジの季節は終わりだが、この山のオレンジ色のツツジはちょうど満開である。駐車場を囲む塀を覆いつくし咲き乱れる一面のツツジの花がなぜだか妙に薄汚いので近づいて見てみると脱色していた。花びらの上には水滴のかたちが点々と白く残されているのだった。ひどいのになると花全体が白けている。「春雨じゃ、ぬれていこう」は今の時代にはそぐわない、と気象予報士の投稿にあったのを思い出す。雨の日に空気が澄んでいるのは雨滴が汚染物質を洗い去ってくれるからだが、雨のふおは汚染物質を含みつつ落ちてくるから、とくに降り始めの雨は危険という話だ。しかしそうはいっても山や畑の土壌は雨をよけることはなく、土壌の汚染は進むばかりだ。自分たちの口に入るものも汚染の進行をまぬがれることはあるまい。そういう事実は事実として受けとめる覚悟はしているつもりであるが、どうにも気が滅入る。帰宅をして一服した。師匠が30年も愛用して手放さない解毒作用の茶である。
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