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バランスをとっていくということ
2009/12/05(Sat)
一度外で寝ることを覚えるとやめられなくなるものらしい。もうやってないんでしょ?と心配顔で訊かれるたびに、こういうことは黙って実行するのが一番スマートなやり方なのだと思う。大学でカナダ文学の講義を担当していたカナダ人女性のことをふと思い出す。まだ日本に来たばかりでなにもわからないと言い、教壇の上で戸惑っているようだった。「カナダではこんな高いところから一方的に講義をすることはなかったし、現地の先住民のお母さんたちが教室に赤ちゃんを連れてきていたりもしたわ。泣きもせずとっても静かにしていた」などとカナダでの様子を話してくれた。東京の生活になじめそうにない人で、見ていて痛々しい感じがしたものだ。「あなたたち日本人は森の中に寝に行ったりは、しないの?」ある日、彼女は朗らかそうに質問したが、教室の反応はほとんどなく、反感ともとれるほどの無視にさらされた。彼女はそれでも一生懸命、説明し続けた。自分の話すことばがどのくらい通じているのか、はかりかねる様子で口早に説明を続けていた。それによると、自分のいたカナダの町では一般の勤め人も週末になるとテントや寝袋をザックに背負い、森の中で過ごしに行ったりするのだという。それをカナダの決まり文句では何とかいうそうだが私には全く聞き取れなかった。自然の中で野宿を楽しむ? 東京のど真ん中で、そういうことをしないのかと質問するこのカナダ女性のことを、私は少々クレイジーだと思った。もう二十二、三年も前のことになるだろうか。

一度外で寝ることを覚えてしまうと、やめられなくなる。というか、人工的な住環境で平気で寝起きを続けるほうが生きものとしては異常事態だということに気がつく。トラックやバイクのエンジン音は絶えることがなく、時には床が揺れるのを感じることもある。日照も空気ももちろんよくない。鉄筋コンクリの建物で暮らすと寿命が縮むという研究もある。寿命が縮むというのは単に長く生きられないということではない。日常生活の質の低下、心身に無理を強いられることを意味する。それに気づいたり実際にうつ病の発症などで田舎暮らしを始めたという話は挙げればきりがない。しかしこっちかあっちかの二者択一ではなく、他にどうにかならないかと思うわけである。拠点を大幅に変えることなく、もう少し快適にできないかと考えた結果、いや考えもなく動き続けた結果、行きついたのが週2回ていどの野宿生活だ。適地はなかなか見つからないが皆無ではない。最近はどこを通りかかっても「ここならテントを張れるだろうけど空が見えないな」とか「ここは快適だけど傾斜があるからなあ」「ここは駐車した車から離れすぎる」「人が来る」「イノシシのヌタ場だ」などと土地の鑑定ばかりしてしまう。よい地面はとっくに何かに利用されているし、人間が利用していないところは動物たちが使っている。全ての条件を満たすところはないが、たった一晩を過ごすだけのこと。うまく折り合いをつけるということも学ばさせられる。失敗もある。布団で寝るのはほんとにラクだという発見もある。しかしラクな布団も長続きはせず、いくつかのキャンプ地候補からその日の夜のねぐらを決めて出かけてしまったりもするのだ。そうした行き来がじょうずにできているうちは自分なりのバランスがとれた状態だといえるのかもしれない。
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