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タネはまいてもらっても根っこは自分の力で出す
2009/06/04(Thu)
タネは芽を出すようにできているから案外するすると伸びていくが、そこから先は自分の力で根っこを出して大地から水や養分を吸収することが必要となる。根を伸ばすには発芽よりさらに力を必要とする。すべての発芽が成長を約束されているわけではない。

冷蔵庫にあったギンナンがいつの間にか芽を出していた。食べられないので植えると伸びてきたが、元気のあるものも、ないものもある。水やりをしていると倒れたものがあったので、摘みあげてみると、根がなかった。茎は伸び、数枚の葉はまだ青いのに、根が育っていなかったのである。元気がないなとは思っていた。あるときは回復しているようにも見え、あるときは先の回復はなく、そうやってよかったりよくなかったりの繰り返しをしていた。土の中がこんなだとは思わなかった。枯れたことじたいはいいもわるいもないのだが、枯れるということを見抜けなかったことのほうには問題を感じた。
人がほんとうに元気なのかそうでないのかを見抜くには案外むずかしい。いや、じつにむずかしいことだと思う。動きや筋肉のかたさやわらかさで知るのはまだとっかかりもあろうものだが、見た目だけで見破るとなるとそんなことがどのくらい可能かどうか。本人の言うことはあてにできない。一目でそれを見抜こうなどと考えることじたい、何もわかっていない証拠だといわれてもしょうがない。なんだか元気がないなと思っていると実は命にかかわることだったとあとで振り返ってわかることもある。これはひどいと思っているとそう深くにまで達していなかったりすることもある。なかなかほんとうのところは見破れないから安易に結論にとびつくことは決してしないことだと自分を戒めている。安易にとびつくと振り回される。一喜一憂で疲れてしまい、よく観察をするという姿勢がなくなってしまう。それでは見る目をやすなうことはできない。

植物とか人間以外の動物のほうが、わかりやすいでしょう。
そういうアドバイスをもらったことがある。人間は本人がそうしようと思っても思わなくても、どうしても態度をつくろったり言葉でのごまかしから逃れることはない。何より自分とは「同類」なので、条件がまるでちがうというのに、勝手に自分と引き比べてみて、自分勝手な解釈にあてはめて納得をし、満足してしまう。同類なだけにバイアスがかかりやすいのである。くだものや野菜、そして魚などを買うときには、人はとうぜんのように元気のよいものから買っていく。それと同じように人間を見ることを身につけてはどうか。そうアドバイスをされたのである。
主に私のものわかりのわるいせいであるのだが、こういう根本的なアドバイスというのは五年や十年そこらで納得できるものでもなく、いつまでも私ののどに引っかかった小骨となって忘れさせることがない。

タネというのは芽を出すようにできている。目を出させるのはまだカンタンなほうで、しばらくは無理なく伸びていく。しかし発芽した芽がその先も生きていくには、自分の力で根っこを出して、大地から水を吸収し、周囲の岩盤をときにはとかしながら養分を吸収していくことも必要だ。すべての発芽が成長を約束されているわけではない。枯れたギンナンを前に私はそんなことを思った。
私にまかれたタネは、どのくらい根を伸ばせているのだろうか。これまた見破るのは非常にむずかしい。私のまいたタネは、芽の一つも出してくれているだろうか。まだそれほど根っこを伸ばしているものもないとは思うが、枯れずにいてくれることを、願わずにはいられない。
自分自身が根を伸ばし、もっともっと根をしっかりと張っていくことを心に念じながら、たゆまぬ歩みをくりだしていきたい。
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