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私には神経がある植物には神経がない。その理由は
2009/05/21(Thu)
「脳ブームの本が面白い」とワークショップで話題になり、動物はなぜ神経を持っているのか、ホルモン分泌系と神経系の関わりなどについて一緒に考えたことであった。

約三十五億年前に生きものが地球上にあらわれたとき、それは単細胞だった。
しかしその後、約二十三億年もの歳月が経ったころに、単細胞が互いに同居して多細胞となる生物があらわれたのだという。
この多細胞生物が、植物と動物のご先祖で、ここから先が神経を持つものと持たぬものとの分かれ道となった。
植物のほうは、日光浴をしていさえすれば満腹するという光合成で生きていく。
動物のほうは、自分で動いて食べものを求めるというやり方で生きていく。
自分で動くから「動」物。動かないものは動物ではない。動物と命名されたゆえんはそういうリクツである。
「動く」というところから、やがて筋肉細胞が発達し、たくさんの筋肉細胞どうしが「せーの」と掛け声をかけあって統率された動きを実現するために、互いの情報をやりとりするための電線が細胞と細胞とを結びつけ、全身に張り巡らされた。それが神経なのだという。

筋肉による運動をきちんと統制する。細胞どうしがバラバラでなく関連しあい、連動して効率よく動いていけるように、神経が働く。
交通事故で外傷はどこにもないというのにリハビリに苦労するという場合も少なくない。自分の手足が勝手に動いてきちんと物が握れないということもある。人体の骨格図、筋肉の図、そして内臓の図を眺めてみる。骨格や筋肉や内臓がただあるだけでは生命活動は起こらない。
神経というものがいかに細胞どうしを結びつけ、生きていくのに必要な活動を細胞どうしの連携プレーとして実現させているか。手足の動きだけではない。胃や腸といった消化管も筋肉細胞が集まった管であり器官であり、私たちが起きているときも眠っているときも、神経ネットワークの働きによる筋肉運動を続けている。生きるということはたゆまなく動く、動き続けるということなのだ。

高校の生物の参考書や保健体育の教科書も、テストに出るところを丸暗記して済ませていたのが、テーマを持って眺めてみると自分自身の日常のこととして生き生きと感じられてくる。結局、私たちは脳のところまで行き着くことはなかった。脳にたどりつくまでにはまだまだ時間がかかりそうなのである。しかしテストではないので締め切りにも範囲限定にもしばられることはない。好奇心のおもむくままに広がりや深まりを楽しみながら続けていこうと思う。
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