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穴を掘る手・目盛りをよむ目の持ち主は話がおもしろい
2013/02/05(Tue)
山の土の表面の温度を確かめたら、次は穴を掘って50センチ深さの土の温度を確かめる。
畑でも同じように調べる。すると「こんなにも結果がちがう。自分で比べてごらんなさい」とその人は語りかけてくる。生きた土と破壊され死んでゆく土とを見分ける方法の一つであることを発見した人類最初の人である。

土の表面と、日の当らない、深い土の中では、環境がちがう。だいたい何度くらいのちがいだと思うか? 表面の土が20度のとき、深い土の中は10度だろうか、15度だろうか、それとも、ほとんど変わらない20度前後かと、何度も何度も、たずねかけてくる。
自分で穴を掘り、目盛りをよむ。たったそれだけのことが、決定的で、革命的なことなんだと告げるために、その人は国中を駆けずり回っている。
DVDに収録されたその講演会は、立派な広い体育館が会場で、学校の全校生徒と教員と、校長先生の目の前で、彼はこう言い切った。「この広い体育館がこの世界とすると、教科書は針の穴ほどのこともない。自分の手を動かして、自分の目で、見てください」

山を歩いて十年以上になるが、土の温度など考えたこともない。恐らくエベレスト登頂を果たした人々も、山の土の温度を知ることなど一生ないだろう。
「山を知るために登っているんじゃないんだから、いいじゃないか」と開き直ることもできるが、何千何万回と足を運んでいると、知らないくせにわかったふうになってしまうものである。そして周囲も、「あの人は山のプロだからたいていわかっている」と思いこんで、そのように見てしまうものである。
しかしひとたび穴を掘った手を持つ人は違う。地面に刺した温度計の目盛りをじっさいによんだ目を持つ人はちがうなあと、つくづく感じるわけで、そんなことをした人間は、いまだかつて一人もいなかったというのがまた、どれだけすごいことか、しれない。

心臓や脳のむずかしい外科手術を何千何万回行ったとしてもやはり、人間の生きた体のことを知ることにはならず、ましてや生命のことを理解することにもならないということを、私たちは頭でわかっているつもりなのかもしれない。生きた動物や人間の体を何万何十万回と検査機器にかけても、何十万何百万回とじょうずに切り刻んでも、そのやり方では永遠に知ることのできないことも、ある。むしろ、そのようなやり方では遠ざかってしまうことのほうが大きいかもしれない。ましてや人生のことなどは。

学校の教室では教科書を熟知した者だけが優秀で、国家試験をパスもできるだろう。しかし、それは自然界の事実を前にすれば針の穴ほどのことかもしれない。自分の手で穴を掘り、自分の目で温度計の目盛りをよむということが、どれだけ大きな発見の喜びをもたらすか、しれない。
「自分の手。自分の目。きちんと動かして使っているか」という問いかけが私の中で続いている。
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