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ほんとうのヒーローは誰だったのか-いつでもどこでも助けてくれていた自分のヒーロー-
2012/10/29(Mon)
針を体に刺すと、刺激で人体が何らかの反応をする。たまたま自分に都合のよい反応だったらありがたい。「針のおかげだ」と思う。
しかしほんとうは「針のおかげ」じゃない。反応したのは「自分の体」。ありがたかったのは自分の体がそういう反応をしてくれたおかげであり、それは「命のはたらきのおかげ」である。
だってそうだろう。どんな達人の鍼だって、死んだ人間に打ってどんないいことがあるか。クッションに鍼を刺したって穴があくだけではないか。
もしほんとうの達人なら、「この体は鍼を打ってはダメである」という診断もできる。それが達人というものではないのか。

手術も同じと私は思う。
手術は大成功したのに、患者さんが起き上がるところまで回復しなかった。それどころか手術の途中で亡くなったケースも、割合として少なくとも、数としては少ないどころの話ではない。たくさん亡くなっておられるのである。これで手術は大成功と言ってしまっていいのか。「この体は手術してはダメである」という診断もできなければ何のための手術か。
手術で生き延びた人間は「手術のおかげ」と思う。しかし正確にいうならば、手術をしたためか、そうでないかを厳密に証明する手立ては今のところ、ない。生存率などのデータ、統計で、数字で「そういうことだろう」と納得するしかない。
絶対の事実は一つしかない。ご自身の体が生命力を発揮して、天上から垂れ下がった細い糸をよじ登ってよじ登って、沼の底から這い上がって、やっと息のつけるところまでたどり着いたということだ。
何が生命力の応援になり、何が生命力のさまたげをしたか。
そこまで私たちはまだ見届ける力や技術を有してなどいない。

ありがたきは体に備わった生命力のはたらきである。しかし生命力は月光仮面のヒーローのようにつつましやかで、どこの誰だか名を名乗るでもない。ふだんからずっと人目に隠れたところでせっせとはたらいている。そしてそのはたらきの名誉は、健康食品に奪われたり健康法に奪われたり、鍼に奪われ手術に奪われ薬に奪われ達人の技術に奪われたりしている。操体法を学ぶのに熱心ということはかまわないが、あまりにその技術ややり方にばかり目が向いて、ほんとうの主人公は誰なのかということがわからなくなってしまうのでは本末転倒のような気がする。
操体法がほんとうに楽しい理由は、本当のヒーローの名がおのずからわかってくることにある。これまで自分が生きてこれたのは誰のおかげだったのか。どんな働きのおかげだったのか。
自分自身の体の中には、いつでもどこでもこんなに頼りがいのある月光仮面がいてくれていたんだなあ。これからもずっと自分の味方をしてくれているんだなあということ。
これ以上の安心が、あるだろうか。

操体法のやり方を通じて、自然の法則のはたらきを自分自身の体の中に見つけてゆく。
自然を味方につけることほど頼もしいことはないのだということ。
それは操体法の生みの親である橋本敬三医師の著書にもちゃんと書かれてある。
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