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生命の不思議によりかかって成り立っている日々
2012/08/12(Sun)
家は住み心地が一番だいじ。住み心地がわるければ生きるのさえつらくなる。
体は魂の宿る家だから、これも住み心地をわるくすると生きるのがつらくなるだろう。

一生のうちに何軒も建てられないし、日々の生活に関わるだいじなことだから、家をひとまかせにすることなど滅多にない。ところが案外と自分の体は病院まかせ、薬まかせ、手術まかせにするようだ。
体だって一生のうちに一つ。命も一つだろうに。

家も本来は建築士さんと相談を重ね、自分の生活スタイルや考えを伝えなければ、居心地のよさを得ることはできまい。住み方はいろいろだし、家に求めるものもみんな違う。たとえ建売りでも、日当たりのこととか、周囲の環境など、調べない人はいないだろう。
生活の送り方もさまざま。考え方もさまざま。だから体に求めるものも実は一人一人ちがう。
体は家より密接で、修理やリフォームもきかない。毎日の日々の生活に密接に関わるだいじなことだのに、相談が重ねられることなど滅多にないのはむしろ不思議なことだ。

建築士さんは専門家だが、住む人の求めるものは分からない。クライアントさんの話をじっくり聞きとり、計画案をいくつか出す。その中から一つを選んでもらい、さらに修正を重ねていく。
建てて終わりじゃない。建てたあとのことがあるから、お互い一生懸命に検討を重ねる。
医者や治療師さんも専門家であるが、患者さん一人一人の人生の専門家ではない。患者さんがどうなりたいのか、どうしたいのか、それは本人がきちんと話して伝えない限り、分かるはずもない。
治療して終わりじゃない。治療したあとのことが一生続く。雨漏りもなく倒れずにいればいいというような、その場しのぎではダメだ。そのくらい誰にでも分かりそうなものなのだが、実際には人の体は家よりもずさんな扱われ方をされたりもする。

よくぞこれで生きていられる。じっさい生きているほうが不思議に思われることもある。
少々の痛みやだるさや出っ張りがあっても、文句を言えないくらいのことは日々じゅうぶんにやらかしている。
一人一人の体に宿った生命の不思議によっかかって成り立っている。そのように思われてならないこともある。
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