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はずむ心。はずむ体。やわらかな弾力が元気のもと。
2012/08/06(Mon)
うるさい赤ちゃんの耳にイヤホンで音楽を流し、ピタリ泣きやませる。そんなテレビ広告が以前、大きな批判を受けた。赤ちゃんをだますように強引に泣きやませる態度がけしからん、というわけで「子育て経験のない人たちがつくったのか。それとも子育て経験からつくられたのか」などという議論まで飛び交った。

泣き続ける赤ちゃんをふだんから長時間放っておくと、泣かない赤ちゃんになる。昔はお寺の子供によく見られたという。お寺は広くて気づかれにくく、親の知らぬ間にサイレントベビーの状態になることがある。
大学の認知発達心理学の授業で教わった。
表情に乏しい。視線を合わせてくれない。反応が不活発で笑うことも少ない。そんな特徴が共通してみられるそうだ。

不自然に硬い背中や筋肉。ここまでの状態になるまでには、たくさん泣いてきた体のはずである。
「ずっと以前に痛いこともありましたが、そのうち何ともなくなって治った」
「固いのはもう自分には当たり前ですから」
もうそこまで固くなってしまうと、右を向いても「べつに何ともない」。左を向いても「べつに何ともない」。上げようと下ろそうと「だいじょうぶ。どこも何ともないです」
じっさいには、左を向くときには強引な力が加わって背中に奇妙な盛り上がりができる。時には全身の骨格をゆがませて、実に苦しい様子。右を向くときと左を向くときでは体の事情はまったく違う。
肩は左右盛り上がり、筋肉というより骨か岩かという感触。
これで痛くも何ともない。本人がそれでよいというのがかえっていたましい。

縮こまって固まってしまった筋肉は、まさにサイレントベビー。
押してもさほど痛みの感覚をよこさない。本来の弾力を失って、押し返してくることもない。こちらの語りかけになかなか応じてくれない体なのである。
鎮痛剤や睡眠導入剤や心療内科で処方される薬などを入れられてきた体からは、そういう感じが伝わってくる。たずねてみると、まさしくその通りで、返事をきくたびに複雑な気分である。
体の持ち主の側にも生きていく事情があり、体の側にも生きていく事情がある。親の側の事情と、子の側の事情とのあいだで板ばさみな気分である。

朝と晩に、五分だけでよいから、操体法をやってくださいと、橋本敬三医師が書き遺された文章。
そのとおりに実行するうちに、その言わんとする意味が、解きほぐされてくるような気がする。
私たちには、生きていくため、生活のために、切り捨てられてきた感覚が実にたくさんあるのではなかろうか。
三分でも五分でもよいから、切り捨てられてきた感覚を、拾い上げてみる。
毎日繰り返し拾い上げて行くうちに、捨ててきた感覚の中から、生きていくのに失ってはならない、ほんとうに大切な感覚がよみがえってくる心地がするはずである。

はずむ心。はずむ体。やわらかな弾力を取り戻すために、一日五分からの操体法が、ある。
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