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「動く」よりも動いたあとの脱力や弛緩を重視する
2012/08/01(Wed)
車と合体し、車と一体化する。自分が車体の大きさとかたちをしている感覚で運転する。そのとき体のバランスや重心の置きどころは切り替わり、おのずと正確な運転が実現する。
赤ちゃんを身に宿している女性も、一人のときとはバランスや重心の置きどころが違う。生んだあとも、抱いたり背負ったりで、母子で上手にバランスをとらなければ互いに快適ではない。二人で一人の体なのだ。
操体法の施術をしているとき、施術してもらう人と、補助・誘導にまわる術者とは、互いにバラバラの意識ではうまくいかない。体を動かす本人と、補助で支える人とが一つの全体となって、ゆっくり動いてタメをつくり、脱力をする。
互いにどうもうまくいかないという感じが抜けないときには意識を切り替える。
「体を動かすこと」そのものがメインではない。動くのはむしろ脱力のための手段。「動いた結果もたらされる脱力や弛緩」のほうを重視したい。
「施術がうまい」というのは、筋肉をほぐし、ゆるませるのがうまい、脱力を成功させるのがうまいということである。「この人に支えてもらっていると、脱力や弛緩がずい分やりやすくなる」と感じてもらえるならば、操体法の施術がうまいのである。逆に、「脱力しにくい、ゆるみにくい」と思われてしまうようなら、それは施術がヘタなのである。
ヘタな施術は、相手と協調した動きがつくれていない。相手と協調した脱力ができていない。
「ハイ脱力して下さい」と声をかけている術者自身が、体によぶんな力を込めているようでは、相手も存分に力を抜くわけにもいかないのである。

協調した動きと脱力は、どうすればできるようになるのか。
車の操作と同じである。身ごもっている女性や、赤ちゃんを抱いたり背負ったりするのと同じである。
一人一人バラバラで動くという頭では、うまくいきっこない。
じっさい、どちらの人間も同時に動き、同時にタメをつくり、同時に脱力をするのである。
患者さんの動きがよくないとか、脱力がうまくいかない場合、それをコントロールするのは術者の技術にかかっている。二人を組み合わせた全体の中に、適切で安定なバランスと重心移動を見出しながら、協調した動きと脱力が実現される。

互いの協調の動きの中で、腰を中心に、左右の足のウラで体重の移動がなめらかに行われるようになったとき、施術の腕はバツグンに上達している。体も軽々と動き、相手のどんな動きにも難なく協調できるようになっている。
まずは術者自身にどのていど、「水中の水草のように、なめらかにゆっくりした動き」があるのか。どのていど、「じわ~っとタメをつくったのち、全身脱力」があるのか。
そこが問われるわけである。
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