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間違ったところに間違いの角度で足をのせれば、どこを歩いても難所だ
2012/05/27(Sun)
由布岳は二つに割れた頂上が、猫の耳のように並んで立つ。一方は子供も登れるが、もう一方は難所がある。足が前に出ずに人がそこで固まり、誰が先に出て行くか、けん制しあう。
あっさり引き返す人あり、誰かのあとについてゆこうと待ち構える者あり、周囲と相談する者もあり。
大きくまたいで向うの岩にのればよいが、向うの岩というのが信用ならない。傾斜があるうえ、足がかりが確かではない。いかにも固く滑りやすそうでもある。空に向かって横たわる一枚岩。向うに見えるのは空ばかり。
万が一転がりおちた先を視線でたどると、受け止めてくれそうなところはない。つかまる植物もなく、切れ落ちてゆく絶壁である。ここは九合目で足も少々へたっている。独立峰特有の強い風も吹く。

冬にここで足をとめていたことがある。雪がちらつき、風がひどかった。ムリだとは思ったが、誰一人通る者もないので、じっくり考えたかった。予備の靴に履きかえる。動きやすいだけの靴だ。「まあムリ」。自分に言い聞かせながら、ゆっくりと靴紐を結ぶ手がふるえている。「ムリだ」。言いながら、向こうの岩から目が離せない。
「まあ休もうや」。わざと言いわけするこころもちで、その日はじめて食べものを口にする。
握り飯とドライフルーツ。ゆっくり噛んでいる間も向うの岩から目が離せない。少しでも目を離すと向うから襲ってきそうな迫力がある。絶壁と岩とを交互に見比べながら、この岩一枚が自分にどういう意味を持っているかを考える。「ああムリだなあ、こりゃあ」。
時間はたっぷりある。風をよける場所を探して横になったり、周囲をぶらぶら歩いてみたりして何を待つというでもなく時間をつぶしていた。空からしきりに雪が落ちてきて風に舞い、自分の周りで白いレースのカーテンが幾重にもはためいているようだった。眺望はなく、灰色の壁に囲まれた室内に閉じ込められているような息苦しさである。
べつに頂上に行かなくてもかまわない。そう開き直ってみる。頂上を踏まないのは勇気がないせいか、それとも勇気ある判断があるからか。しかしここまで登ってくるのにも、何度か無茶をやり、ハラハラドキドキしたのだ。こんなことして帰りはどうすると心配する自分を、「のぼってるときに帰りの心配してどうする」と叱咤した。
限界。すでに気持ちがいっぱいいっぱいだった。

しかしその日私は頂上を踏んだ。勇気を出さず、技術も未熟なまま、難所を通過し、初めて西の頂上に立った。
山岳ガイドが初心者らしき男女四名を連れて通りかかったおかげである。女性たちは「もう恐い。帰りたい」と口ぐちに言う。男性二人はまだ余裕の表情だが、私のほうを振り向いて、「これからお鉢めぐりをするんです」と言い放つ声には気負いがあった。「お一人ですか」との質問に私はうなずいた。
ガイドの男性は表情を変えず、「わたしが先に行くから足の運びをよく見て、その通りにしてついてきてください」と女性たちに告げると、大きな一歩を踏み出した。浮足立ったこの中高年の女性たちを頂上へ、そしてその先へと連れていくことに、何の迷いもない一歩だった。彼はごまかしなく岩の上に足をのせ、一歩一歩にきちんと体重をかけてゆく。足をのせる場所も足の角度も、安全そのもののように私には見えた。そこはじっさい難所ではなかったのかもしれない。どこを歩いていても、危険なところに、ずり落ちるに決まっている角度に足をのせるならば、それは難所である。危険な歩き方をすれば恐いのも当然だ。その逆に、落ちないところに落ちない角度で足をのせるならば、たとえ目のくらむ高所であろうと難所ではない。
「こわい、助けて」という女たちのやかましい声も、岩の向こうへすみやかに消えていった。
残った男性二人が、軽く顔を見合わせて出発したが、一人がこちらに引き返してきて「あなた、こんなところ一人でくるのはヤバいっすよ。ぼくならぜったいにやりません」。そう言うと、くるりと踵を返して少々無茶をしながら岩を乗り越え行ってしまった。
雪が激しくなってきた。岩が濡れて滑りやすくなってゆく。しかし岩を見つめる私の目には、さっきのガイドの足の運びが焼きついていた。(恐くない。滑っても決して恐くはない。正しく足をのせるだけなのだ)。
身一つで私は一歩を踏み出した。やはり少々恐い。いや、相当恐い。恐くはないと分かっているのに、恐い。しかし足を置く場所にまちがいはない。まったくそこしか考えられないというほど、一つ一つがパーフェクトな足の置き場所だったのである。

頂上に着いたとき人影はなかった。彼らは全員お鉢めぐりに出かけたのだ。これからハラハラドキドキを体験する長い一日を過ごすのだろうと思った。
「ここから先はもうダメ。リュックを下に置いてきたんだから。先には行けませんよ」。何歩か先を歩きかけた自分に、きっぱりと言い渡して釘をさし、私は頂上をあとにした。
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