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体に従属した心と、体とは独立した心とがあるーほんとうのこころー
2017/01/13(Fri)

ふつうに社会生活を送っていると、
ほんとうの自分の心を知らないまま、
本当ではない自分の心を、
自分だと思いこんだまま暮らして過ごすが、
死を迎えたとき、
肉体は失われ、
心の本質だけが、体から抜けていく。
心の本質とは、
今の私が知らない自分の心のことである。
その本質的なものが、
死後にどのようなふるまいをするか。
そのふるまい次第で、
次の肉体を得れば転生という、
ごくありふれた現象が起こる。
肉体を得ないならニルバーナということになる。
そういう話のようである。(6)
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体あっての心、体あっての自分ー体なしの心そのものって、あるのかー
2017/01/13(Fri)

「心」というのは、
いまの自分が自分であると認識することの、
よりどころとなっていて、
念、とか、魂などと似ているように思われるが、
心を支えているのは、
心の源であるのは、
肉体のはたらき、脳の働きかもしれない。
体あっての心、体あっての自分、ということである。

ところでチベット密教では、
心には、
体の働きで支えられている部分ももちろんあるが、
必ずしも体で支えられているのではない、
本質的な心というのが、あるのだという。

今の自分の心が、
ほんとうの自分の心と、
本当の自分ではない心とで、構成されているということ。
しかもほとんどのひとは、
本当の自分ではない自分の心しか、知らない。(5)
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