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筋肉の錬金術-筋肉の改変による変身術-
2013/04/29(Mon)
三匹の子犬の頭をそれぞれ叩くと、すぐに歯向かうもの、たちまちしょげかえるもの、カン違いで喜ぶものなどさまざまだ。これを陰陽で説明すると、しょげたのが陰性にかたよっている。
陰陽は、体質ばかりでなく、気分や性格を決定する。
桜沢如一氏がそれを指摘し、食べ物による体質改善・人間改造を提唱した。


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これを筋肉に置きかえて考える。陰性にかたよった体には陰性の筋肉。陽性の体には陽性の筋肉である。いずれにあっても、縮こまって固まった筋肉をゆるめていくと血流が戻り、筋肉が復活する。筋肉の陰陽バランスが整い、体の陰陽バランスのかたよりが修正される。
すると、どうなるか。
筋肉の改善により、歯向かって来る子犬、しょげかえる子犬、勘違いの子犬は、それぞれ体質・性格を変え、以前とはまるで違う行動をするようになる。

食べ物で体を変えるというのは、消化活動を通じて筋肉の質も変え、身体のみならず精神面にも改善をもたらしということだろう。操体法の場合は、消化活動抜きに、ダイレクトに筋肉に働きかける手法だ。やり方は違うけれど、同じことを目指している。

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※操体法の実習を見学・参加する⇒①②③から選べます。
①みんなで講習会(参加費2000円)
②家族や友人とゆったりプライベート実習(2500円/人、三名~2000円/人)
③一人でゆっくり個別実習(一回3000円)

 ②と③は日程・時間帯を希望にあわせます。西鉄高宮駅徒歩3分。
 ①と③を同じ日に希望する場合、割引があります。
 お問い合わせ電話080(1720)1097(山下) 
  またはメールfukuokasoutaihou☆yahoo.co.jp(☆⇒@に)
 


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ぽかぽかと血流の改善を味わいながら万全のコリ対策
2013/04/28(Sun)
じわじわじわりと伸ばしてためて、ストンと脱力する。「抜ける感覚」が、全身にひろがってゆく。じわじわじわりと縮めてためて、ストンと脱力する。「抜ける感覚」に全てをゆだねる至福のひととき。

操法をやるうちに、あたたかくなる。ぽかぽかしてくる。血流の戻る感覚である。力が抜け、コリがゆるんだということである。
筋肉の質がよければ、ストンと脱力の瞬間に、骨格の位置が正常に戻る。血流の戻りは筋肉をよみがえらせる。続けていけば筋肉の質の向上が得られるのは明らかだ。

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コリがゆるんでも、もとのところに顔を出すことがある。
コリをつくる条件、体の歪みが残っているうちは、同じところにコリができる。局所にできるコリだけを相手にしていては、らちがあかない。

「体の歪みが万病のもと」というが、体の歪みとは骨格の位置関係の狂いである。体の中に、よくない骨格の位置関係が生じているから、かたちが歪んで見えるのである。
骨格に狂いのあるまま生活をしていると、体の中では何が起こるのだろう?

よくない骨格の位置関係は、動きに影響する。
動きとは、力の伝わりである。筋肉を通じていくつもの関節に同時に、または連鎖的に、力が伝わってゆくのが「動き」である。
狂いのある骨格は、いびつな片寄りを持つ動きをする。よくない力の伝わりをする動きなのである。伝わるべきところに、きちんとした量の力が送り届けられることがない。どこかには過剰に力が届くが、どこかには力が届かない。力の届かないところは、日の当らなくなった日陰の土地である。
日が当りすぎるところにもコリ。日が当らないところにも、コリ。

狂いのある骨格は、体の各所に力の伝わりの過不足を発生させ、コリを多く発生させる。
「体の歪みが万病のもと」「体の歪みが諸悪の根源」という言葉の表面を素通りせず、今一度、よくその意味を考えたうえで、万全のコリ対策としたい。

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 ②と③は日程・時間帯を希望にあわせます。西鉄高宮駅徒歩3分。
 ①と③の組合わせを希望する場合、割引があります。 

※公開講習5月の予定!
  土曜4日・11日・18日・25日と、22日水曜が決定しています。
  いずれも時間は14時以降、飛び入りで自由に入れます。西鉄高宮駅3分。

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筋肉は復活する-動きを自在に操ってゆるめる-
2013/04/27(Sat)
筋肉の質と、健康の関係。
筋肉は弾性があり、ゴムのように元に戻る力を持つ。弾力を失わない筋肉の手触りは健全である。ふわっとしてあたたかく、少々のコリなど軽く押すと解消し、容易に疲労回復される。
元気のある・なしが、筋肉の手触りでどのていど判定できるか。人それぞれ、年齢や性別により、日により、もしくは各部により、どう異なるか、確かめるべきである。ふわりとした感じ、ぺしょんとした感じ、ごちりとした感じなどのバリエーションくらいは、すぐに読みとれるようになる。

日々生きていれば、弾力のある筋肉も、すっかりコリから解放されるというわけにはいかない。
日常のふつうの動きでは、コリはコリのカタマリのまま動いてしまうか、コリの部分は動かず、他のところが「オレが行ってやるよ」とカバーしてしまう。体操やストレッチ、ウォーキングやスポーツなどの動き、もしくは押したり揉んだり叩いたりというのは、もともとコリの対策ではない。だから、まったくあてにならない。
そういうことは「論より証拠」で、じっさいに触れてみればわかる。だから各自で真偽を確かめるべきである。


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コリの内部は動きもにぶく、よどんでいる。血行が落ち、老廃物もたまる。年月の経過にしたがって、また、個別の条件に従って、大きさ・硬さともに進行し、数を増すことなどが考えられる。
コリをゆるめるには、コリの内部に力が伝わるよう、動きをコントロールする必要がある。それがまさに操体法独自の動きである。
操体法は自力の動きで、コリの内部に力を伝え、縮んで動かなくなった筋肉の伸縮をコントロールする技術である。

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※操体法の実習を見学・参加する⇒①②③から選べます。
①みんなで講習会(参加費2000円/人)
②家族や友人とゆったりプライベート実習(2500円/人。三名~2000円/人)
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 ②と③は日程・時間帯を希望にあわせます。西鉄高宮駅徒歩3分。
 ①と③の組合わせを希望する場合、割引があります。 

※4月の公開講習は、あと27日があります。
  5月は土曜4日・11日・18日・25日が決定しています。水曜は22日決定しています。
  いずれも時間は14時以降、飛び入りで自由に入れます。西鉄高宮駅3分。

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脱力の動き方-操体法は心と体の脱力法-
2013/04/26(Fri)
がちがちと、ゆるゆる。そこには力のある・なしが関わっている。
「筋肉がゆるむというのは、力が抜けるということだ」
おもむろに師匠が言ったときのことを、よく覚えている。「抜けさえしたら、ゆるむんだ」

体が固いというのは力が入っていること。その力の入っている場所は、筋肉である。
握りこぶしをつくると、力の入ったところは筋肉が収縮し、縮むと筋肉は固いのである。だから固い体とは握りこぶしのようなものである。
今ならそう考えるが、あの頃の自分では、さっぱりわかってなかった。


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凝っているところは縮んでいる。硬結(こうけつ)もしくは単に、コリとかいわれるけれど、ぎゅっと縮こまって石みたいになっている。寝ても覚めても収縮しっぱなしだが、本人が意識して力をこめているわけではないので、その存在は気づかれることがない。
本人が力を入れているつもりもないので、抜けといわれたって抜けない。力を抜くことのむずかしさは、まさにそこにある。

「コリがあらゆる病のもと」。そう橋本敬三医師は指摘した。動きの制限、機能の制限は、コリの存在にある、と。
日常のふつうの動きでは、コリはまず解消されないだろう。体操もストレッチも、ヨガもまた、コリをとるとは一言も言ってない。操体法の動きは考えれば考えるほど、理にかなっている。

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※飛び入りできる公開講習は、4月27日大丈夫です。5月は毎週土曜日(4・11・18・25日)と水曜22日です。14時以降時間自由でご参加ください(参加費2000円)。


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これ一本で対処する-病院の文化と操体法の医学-
2013/04/25(Thu)
骨格は外科や整形外科が専門、内臓は内科が専門、こころは精神科もしくは心療内科が専門。そんなことは私だって心得ている。病院の文化に生まれ落ち、病院文化に慣れ親しんできた。私は病院医学という文化体系に住む、大勢のうちの一人だ。

骨格と筋肉と内臓と。神経と血管と、その周辺環境としての筋肉と。
それら全てを包括的にやっていきましょうというのが、橋本敬三医師の提案した、操体法の医学。まるで外科と内科と精神科とで対処すべき問題を、一本化した見方・一本化したやり方で、やってみようと言っているようなものだ。


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神経は、神経でしょう。血管は、血管で筋肉は、筋肉。骨は、骨。体は体で、心は心。
バラバラで見るのがベースにあるから、総合病院で迷子になる。どの科にいくのか困ると、「あなたはあっち」「あなたはこっち」とたのもしい交通整理の方に相談する。「あなたは、あっちとこっちとそっち」。ムチウチだと5つや6つはザラで、一日に何人ものせんせいに会って似たり寄ったりの話を繰り返す。こっちでは楽しく、あっちでは深刻になったりして、自分自身が何人いるのか、わからない気分になる。
ばらばらの検査にばらばらの治療、ばらばらの解釈とばらばらの薬が出てくる。病院で支払いを済ませ、玄関を一歩踏み出すと、わかれていたばらばらの自分が、しゅっと一つに集まってくる。ほっと一息ついて元の自分になったら、町に向かって歩き出す。

そんなふうなので、「骨格バランスを見れば内臓疾患もわかるよ」だとか、「筋肉は性格をあらわすよ」だとか、そんなことを言われたら困る。拒絶がわき起こる。
骨格と内臓は、べつだから。筋肉と性格=心の回路は、関係ないから。少しは関係あるだろうけど、それがどうした? ただ、ほんの少しのことなんだから。
「骨格バランスが、健康体か病体かを決定する」。そこまでは、ついていけない。「ハッタリだ」とまともに相手にしないことにする。

しかし、ものごとを考えるのは脳の神経回路だし、手足を動かすのも神経。内臓をつかさどるのも、神経。そこに私は反論できない。
そして神経の周辺環境は、ほとんどの場合、筋肉である。体を動かす骨格筋だけでなく、血管も内臓も平滑筋でできている。それも事実。

神経のはたらきは、筋肉の状態に左右されはしないだろうか? 神経線維は、筋肉内部に網目のように張り巡らされている。筋肉に柔軟性があるときと、筋肉が固すぎるときとでは、神経周辺の圧迫には差が出はしないだろうか。
圧迫のひどい状態と、そうでない状態とでは、神経の伝達にどのような違いが見られるのだろうか?
神経ばかりではない。血管もまた、筋肉内部に網目のように張り巡らされている。筋肉の柔軟度と、血流との間には、何らかの関連が、どのていどの関わりが、考えられるだろうか?

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 ①と③の組合わせを希望する場合、割引があります。 

※4月の公開講習は、あと27日があります。
  5月は土曜4日・11日・18日・25日が決定しています。水曜日についてはおたずねください。
  いずれも時間は14時以降、飛び入りで自由に入れます。西鉄高宮駅3分。

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命は無名だ-命のバリアフリー-
2013/04/24(Wed)
「お金に罪はない」とか「お金に名前は書いてない」とか、いう。お金はお金。どんな金もありがたいのである。

いのちに肩書きはなく、職業も学歴もない。年齢も性別もなく、虫でも植物でも何でもない。どんないのちにも罪はなく、いのちには名前も書かれていない。いのちはいのちで、ありがたいのである。


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「治す人」「治される人」の区別も必要のない、操体法の「いのちのバリアフリー」が、私は大いに気に入っている。「アイツめ、許せん!」と思う憎らしい相手でも、「この人好きだ!」という相手でも、ごろんと横になり、こちらに足をあずけてきたら、みんな同じいのち。
いちいち区別するのもいっそ面倒だ、という感じに開き直るようになってから、自分の中で施術がうまくいくようになった。いつ、どんな人が来ても、べつにかまわない。「いのちっていうだけのことだから」と思えば、自分が何をすべきかが、目の前に広がる思いがする。(つづく)

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自然採取で得ていたもの-便利な生活で失われゆく楽しみ・喜びをどうするか-
2013/04/23(Tue)
春。山菜の季節であるが、せっかくの採取場が林道整備で壊滅し、スーパーで見つけた天然物を、買う。数分の手間、数百円の出費。その何ともいえぬ気楽さもイヤではなかった。しかし食べてみると別ものである。「ふつうにおいしいよ」と家人はいうが、採ってからの時間が経っているためか、採取した場所が異なるためか、それとも心理作用でも働いているのか、こうも違うとは思わなかった。


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お金はいろんな面倒を省くが、こちらが引っ込むと、あちらで飛び出すものがある。省いたつもりの面倒が、別の面倒に姿を変えてゆくだけのことなのかもしれない。
流通の発達した社会では、ポケットに金があれば体力も経験もいらない。食べることに専念して、食べる楽しみを味わえばいい。歩いて得られる分の、楽しみ。観察して得る分の、体験や喜び。それらは食べる楽しみと喜びに一本化すれば、単純かつ合理的だ。

しかし、食べることに一本化することで、歩く楽しみを失い、いろんなものを自分の目で見て発見する喜びも失われる。山で体を動かす体験からも離れてしまう。自然の中で体を動かすからこそ、心が動き、いろんなことを感じるのである。そこを省いてしまえば元も子もない。感動も減り、こうして文章を書きたいとも思わなくなるかもしれない。
便利な生活で、失われゆく楽しみや喜びは、ないのだろうか。失われたものをさらに、町の娯楽施設や観光地に出かけるなどして、お金で埋め合わせしていけばよいのだろうか。

考えれば考えるほど、今回失われたものは小さいものではない。自分の足で探し直す面倒を、また一から始めるほかないのかと思うと、やはり面倒は面倒。
すっかり食欲をそがれた私のそばで、健啖家の家人はくったくがない。
「ねえ、これ全部もらっていい?」(この項おわり)

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②家族や友人とゆったりプライベート実習(2500円/人、三名~2000円/人)
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省いたつもりの面倒が、別のところに移っている
2013/04/22(Mon)
長年だいじにつきあってきたタラの木1本1本に「助けられなくてごめん」と声をかける。県の土木課が林道を封鎖し、次々と重機が入ってくる。誰も使いもしない林道に、大規模な再工事である。大切な友人たちは機械にかかって、あっという間に命を落としていった。斜面の群生地は分厚いコンクリートで封じ込められた。莫大な費用をかけて人はこんなことやっている。


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タラの芽は、食べても食べないでも済むものだが、年間を通じて山の中をうろついて、どこのどんなところに何が生えているということを観察し続けて、やっとのことでたどり着いた群生地だった。いつかこんな日が来るだろうと予想はしていたが、やはり胸が痛む。
今年の春はもうダメだなと、あきらめていたが、スーパーの売り場に出ていた。「天然物」と表示がある。ほんの数分の手間と、申しわけないくらい少しの出費。歩くこともなく探すこともなく、あらゆる面倒が省けたわけである。まさにお金が絶賛され、お金が批判されるのは、こういうところだと思った。(つづく)

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八十で達成された健康-こういう勝利のしかたもある-
2013/04/21(Sun)
母が少しずつ、しかし確実に変身していったのは、六十を越えてからだ。年に数回会うごとに、表情は明るさを増し、歌うような口調で「操体法」という言葉を口にする。
これは驚くべき変化だった。


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外では装っているものの、家の中では笑顔で話しかけてくる姿など一度も見たことはない。眉間にシワを寄せ、むっつり黙りこみ、昼間でも布団にもぐりこんで動かない。私の小さいころから見慣れた母の姿である。「この人、何が楽しくて生きているのだろう」と子供心に何度思ったかわからない。
私は明るい母に、慎重に距離を置くことにした。「どこかでだまされてでもいるんじゃないか」と思ったからだ。
今から二十一年前のことになる。

母がここまで生きるとも思わなかったし、こんな背筋のしゃんとした人になるとも思わなかった。こんなに堂々と生意気な口をたたく姿を見ようとは、まったく思いもよらなかった。
「おかあさんの背筋、ほんとにすごいのびてますね。結局、腰も背中も曲がりませんでしたねえ」感心して言うと、「ほれ」と軽く前屈してみせた。両の手のひらは難なくぺたりと床に貼りついた。
「体がかたくてかたくて」と七十代まで苦にしていた人が、ここにきて、こうもなる。

母の様子を眺める私の耳の中で、師匠の声がふいによみがえる。
「おいお前、何年生きてるんだ? たった四十年やそこら生きたくらいで結論出すのか。あきらめるのか!」
つまらぬことを口にした私を、師匠はいつものようには見過ごさなかった。おだやかな師匠のどこにしまってあったかと驚くような、激しい不意打ちに、私はただただ恥ずかしく、ただただ怖かった。
「お前何年生きてるんだ? たった四十何年生きたくらいで結論出すのかっ、あきらめるのかっ」
二十一年でたった一度だけの、叱責。

八十歳の母の目の前で、五十一歳の私が、前屈をやってみせる。
「ほら。わたしのほうは、ぜんぜんつかなくなりました」
昔はヨガのポーズを見せびらかしていた私が、今はいろいろと事情もあってできなくなった。
人一倍心配性だった母が、前屈から顔をあげると、もう私のほうなど見向きもしない。
いま、人生の中で最も勇ましい姿を見せる母は、師匠に預けっぱなしの母でもある。子供の私がとうにあきらめてしまった母に、途切れることなく続けられてきた、師匠の働きかけのことを、思う。(この項おわり)

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確かにお金は出したけど、お金で買えないものが残った
2013/04/20(Sat)
「価値がわかりもしないうちに、やめてしまう人が多くてね」
そんなことを言いながら操法をやってみせる母の動きは、驚くほど無駄がない。
「もったいないというか気の毒というかね。世の中そんなもんかね。」
背筋が以前にましてしゃんとなり、私は八十になった母と話をしているとも思えない。六十の頃の母そのままの人と話をしている気分である。
「よっ、まさに操体法の生き証人!」と茶化したが、「あたしは朝も晩も欠かさずやってる。昼間だって、ときどきこうしてやってるよ」と澄ましている。
やれやれ。どれだけ不真面目をして、どれだけワガママ言ってきたか、そういうのはきれいさっぱり忘れたらしい。


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母は曾祖母に育てられ、ひ弱な育ちだ。腹をこわしてばかりの子供だったと聞く。結婚してあっという間に子だくさんになって、家事もままならず、いくつもの持病を抱えて苦しみ続けた。病院通いはもとより、おがみやさんにも出かけていた。次から次へと治療院や健康教室を見つけてはやめ、やめては次へと落ち着かず、健康食品にも漢方薬にもどれだけ金を捨てたかわからない。
お金もないのに、どうやって工面したのか、今となってはわからない。健康を求める執念のカタマリのような母の振るまいが、周囲の顰蹙を大いにかい、子供心にもうっとうしかった。
母という人は、ずっとそういうふうだった。(この項つづく)

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奇跡のりんごの花の向こうに見えるもの
2013/04/19(Fri)
福岡正信氏によって自然農法が始められてから、すでに七十六年もの月日が流れている。以来、各地で自然農法の試みは個人の取り組みで続けられてきた。「薬に頼らないと作物はできないのか?」という素朴な問いが、人々に共有されている。

「奇跡のりんご」を支えた人々の中に、銀行の支店長さんがいる。木村氏が借りたお金を返しに行っても受け取らず、自分のポケットマネーでそっと立て替えた人である。大学時代にリンゴ栽培の研究に関わっていたことが、亡くなった後になってわかった。「無農薬でりんごは元気に生きられないのだろうか」という問いは、津軽の地で多くの人に共有されていると思われる。


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「生き物が、薬に頼らないと元気に生きられないなんて」という違和感は、誰もが多少なりとも感じている。感じてはいるが、無農薬の食べ物を食べたいと思う一方で、薬を平気で飲んでいる。植物たちには「薬に頼らず元気に生きろ」と言い、自身は薬に頼る。どこかおかしな話だ。
人は「安全な食べ物を」と言う。無農薬が安全というのは「化学薬剤が混入していない」と思うからである。その一方で、「医療用の化学薬剤は安全だ」と思っている。

私たちもまた、「肥料農薬除草剤」なしに生きていけない果樹たちと同じように、「検査・薬・ワクチン・手術」の助けがないと元気に生きられない生きものなのだろうか。もしも「検査・薬・ワクチン・手術」なしに元気に生きられるようになったら、それは「奇跡」としてあつかわれるのだろうか。
不老長寿。アンチエイジング。いくつになっても健康というのは人類の夢。それは「検査・薬・ワクチン・手術」の発達で成功をおさめつつあると言われる。このまま病院の医学を延長した先に、夢の達成は見えるだろうか。

りんごの木はがんばった。では人間のほうは、どうだろう?
「生きもの本来の生き方」が、問われている。(この項おわり)

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いのちの奇跡が語られないのは、なぜか
2013/04/18(Thu)
「奇跡のりんご」には二つのドラマがある。
一つは生産者である木村秋則氏とご家族の人間ドラマ。もう一つはりんごの木のいのちのドラマ。

りんごの木は「肥料農薬除草剤」とセットで存在するはずの植物だった。明治期、全国で栽培されたりんごの木たちが壊滅してゆく中、津軽地方だけがボルドー液の発明によって、何とかりんごを存続させた。その経緯は『奇跡のりんご』に詳しい。
「肥料農薬除草剤」抜きで元気に生き続けるりんごの木たちは、生物学的もしくは生命的な見方をすれば、まさに不思議であり奇跡である。


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木村氏の織りなした人間ドラマの背景には、三つの苦労のタネがある。一番の苦労は、「りんごが実をつけない」の一言につきる。そして二番目には貧困。りんごの収入が途絶えて生活にひっぱくし、りんごづくりの継続さえ危ぶまれたことである。
しかしながら、木村氏とその家族を最も悩ませ、傷つけたものは、そんなことではなかったろうと私は想像する。『奇跡のりんご』をきちんと読まれた方なら、すぐにわかるはずだ。本の中で一番不愉快になるところ。一番悲しくなるところ。それは「りんごが実をつけない」ことでもないし、「貧乏した」ということでもない。

「自然農法をやりたい」と言って畑を借りようとすると、貸し手はまず見つからない。家庭菜園で自然農法をやろうとしても、周囲が勝手に薬をまいていく。そんな話はよくあることだ。
作物よりむしろ雑草を育て、害虫を育てる農法として、目のカタキにされる。それが現状。
無農薬にしろ自然農法にしろ、それを決して許さない世間というのがある。木村氏を本当に追い詰めたもの。それは「無農薬栽培」に手を出す人間が免れることのない世間のバッシングではなかったか。

無農薬栽培・自然栽培は、消費者の目から見ればいいことづくめ。食糧生産を自然のエコロジーサイクルに組み込んでいくことで、食糧生産はしだいに自然採取に近いものとなる。生産は、よりシンプルに、より安全になり、地球環境にダメージを与えないものとなってゆく。そんな技術の開発が、無農薬栽培・自然栽培だろう。
土と、人間と、植物。将来的には「人間」の介在さえ、なくしてゆくことを目指す。生産努力、生産の苦労をどんどん減らす、引き算の農法。肥料農薬除草剤などの生産も不要になり、環境にやさしく、生産コストも削減する。そんな夢のような事業である。食糧自給の問題をかかえる日本では、とっくの昔に国家レベルのプロジェクトとして大々的に取り組まれてもおかしくなかったのだ。

しかし現状は国家プロジェクトどころか、最も「叩かれる」栽培法。目に見える、もしくは目に見えないかたちでの執拗なバッシングがなかったら、どれだけ純粋な気持ちで研究に打ち込めたかしれない。それは赤信号を渡っている大勢の人間をかきわけて、途中から一人で引き返そうとする人間が共通に味わう苦労だともいわれる。しかしそうとばかりもいえない面もある。
6月に公開予定の映画「奇跡のりんご」では、人間の苦労が語られこそすれ、りんごの木の奇跡が語られることはないかもしれない。「壮絶な苦労」と自殺未遂。それらのインパクトは結果的に、「ほうら見ろ。無農薬栽培に手を出すようなバカな人間は、こういうひどい目にあうんだ」という警告になりかねない。(つづく)

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※操体法の実習を見学・参加する⇒①②③から選べます。
①みんなで講習会(参加費2000円)
②家族や友人とゆったりプライベート実習(2500円/人、三名~2000円/人)
③一人でゆっくり個別実習(一回3000円)

 ②③は日程・時間帯を希望にあわせます。西鉄高宮駅徒歩3分。
 お問い合わせ電話080(1720)1097(山下) 
  またはメールfukuokasoutaihou☆yahoo.co.jp(☆⇒@に)
 

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「奇跡のりんご」との再会-そうとは知らずに食べていた!-
2013/04/16(Tue)
NHKテレビで「奇跡のりんご」は大ブレイクし、多くの人々が「奇跡のりんご」を食べたがった。それほどまでに人々は、農薬や除草剤の毒性におびえていたのだろうか?


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一個のりんごにあれだけの注目が集まったのは、「奇跡のりんご」に「無農薬の安全なりんご」という以上の期待が寄せられているということだ。
言ってしまえば、りんごはりんご。「おいしいね」といえばそれで済むことかもしれない。それだけでは済まないところに、私たち人間の側の事情というのがある。

じつは「奇跡のりんご」と取りざたされるずっと以前に、我が家では木村さんのりんごが大いに食べられていたらしい。最近になって母が、「もう手に入らないと思うけど、あんたたち子供のころ、あそこのリンゴずいぶん食べたんやがね」と言うので驚いた。りんご箱の記憶こそあるが、りんごそのものについては何の記憶もない。
「お母さんは当時、そのりんご、どう思ったの?」訊ねると、「とくに何ということのないりんごやったがね。りんごはりんごやがね」と笑っていた。母はりんごにりんごしか見なかったのだ。だから人々の感動はそれ以外のところに、ある。

スーパーに並ぶりんごと、「奇跡のりんご」は、農薬の使用以外にどこがどう違うというのだろう?
「今の農産物は見かけだけ。ほんとうの味を知らないから、あれで当たり前と思われているんだろうけど、まずいというより、もう味というのがしない」
そういう声はよく聞かれる。
自然栽培に期待されるのは、「いのち本来の味わい」の一言につきる。
多くの人々が、「自分たちの食べているものは本来ではない」ということを感じ取っている。栄養剤や薬に頼る植物たちの姿は、どことなく「まがいもの」めいて見えるということもあるだろう。栄養剤や薬に頼らないりんごの木の生き方に、人々は共感する。「いのち本来の生き方」を、そこに見る。

「あの奇跡のりんごを一口でも味わってみたい」という強いあこがれ。それは、本来の味を食べつけていないことへの欲求不満のあらわれかもしれない。さらにいうなら「いのち本来の生き方」そのものへのあこがれといえるのかもしれない。(この項さらにつづく)

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りんごの木のがんばりは、確かに「奇跡」だった
2013/04/16(Tue)
スーパーに並ぶ果実はどれもきれい。果物の木が元気という証拠だ。毎年おいしくて、きれいな実をたくさんつけるということは、木に体力があることのあかし。その体力を支えてきたのが「肥料農薬除草剤」である。

「肥料農薬除草剤」の助けがなかったら、果物の木たちはどうなるか?
肥料がなくて、栄養不足になる。
農薬がなくて、病気になる。昆虫たちにやられる。
除草剤がなくて、草にやられる。
栄養剤も薬もなくてはまっとうに生きていけない。実際はそんなかわいそうな木々たちである。
そこから無理やり「肥料農薬除草剤」を奪い取った木村氏は、息も絶え絶えになったりんごの木たちに謝り続けることになる。もう無理だ。肥料まいてやろう。農薬まいてやろう。何度そう思ったかしれないのである。


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今の野菜も穀物も、基本的には「肥料農薬除草剤」があることを条件に生きていく植物であり、生きものである。私自身はただ、「安全な食べ物」がほしかっただけなのだが、それは、栄養剤と薬につながれて生きてきた植物たちに、その鎖を断ち切って自分で生きてみろという要求を押しつけることだった。

「奇跡のりんご」の主人公である木村秋則氏がよく口にする言葉は「りんごの木が、がんばってくれた」。
無農薬栽培は生産者に無理を押しつけることになるといわれるが、それ以前に植物たちに無理を押しつけることになる。そこにさらに、おいしくて、きれいで、と無理難題を押しつける。その無理難題をクリアーしてみせた木村氏のりんごの木は、まさに奇跡ではなかったか。(さらにつづく)

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奇跡のりんごはほんとうに奇跡か-「無農薬」表示を食べる-
2013/04/15(Mon)
スーパーの売り場で「無農薬りんご一盛り300円」というのを見たら、あなたは驚くか。「奇跡だ」と思うだろうか。
「奇跡のりんご」がテレビで大ブレイクしたころ、今さら「無農薬のりんご」といわれても、という感じが自分にはあった。「無農薬」表示のものを子供のころから四十年近く、ずっと買ってきた。そして「無農薬」「有機JAS」表示があふれる昨今。買おうと思えば買えないこともないのではないかという気分がある。無農薬はむしろ「あたりまえ」と受けとめられてさえいるのではないか。


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もちろん、消費者が想像するような「無農薬」の生産物は、まず存在しない。「無農薬」は消費者が思うほど完全には実現されていない。そのことについて、私には妙な割り切りがある。
良識のある生産者の畑にこれまでいくつか通ってきた。一緒に畑で体を動かしながら話を伺い、実情を目の当たりにし、自分のお気楽さを恥じもした。体を一つも動かさず、ただ結果だけ最高を求める。そういう自分のワガママを、痛感した。

だから理想は理想として心に描き続けながらも、「表示のないものよりは、まし」という妥協の気持ちと、「農薬を減らそう」という人々の努力に少しは協力したい気持ちである。そのうち、「人間が手を入れたものより自然に生えているもののほうが」という気持ちにシフトして、今は雑草や野草のほうに注目している。

そういう状況の中で、私はもう一度、「無農薬りんごの奇跡」について考えてみたいと思った。(つづく)

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体に「よい動き」を身につけてもらう-「ラクな動き・ラクな加減」を追求する-
2013/04/14(Sun)
体力に自信のある人には、かえってわかりづらい話かもしれない。
山登りは体力勝負ではない。いかに体を疲れさせずに頂上まで体を持っていくか。
それを考えるか考えないかで疲労度も負担もまったく違う。


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母は八十になって手にした健康を、今しみじみと味わっている。年をとるほど持病がよくなり、体力が安定してくるなどという話が信じられるだろうか? 自分の目の前で、しかも私の母に起こったことでもなかったら、こんな話は、私なら信じない。「きっとその人は最初から体が強かったのだ」と思うだろう。

操体法は、ラクなほうにしか体を動かさない。ラクな加減で動くことを中心に据えた運動療法である。「ラクなほうに」「ラクな加減で」を、毎日毎日追求していると、体はおのずと「体力コストのかからない動作」を身につけてゆく。年をとって全体の体力が落ちたとしても、一つ一つの動作にかかる体力コストを下げていけば、ADLは低下しない。よって日常生活の質も量も、さほどダメージを受けない。

年齢とともに体力が落ちてゆくとしても、ふつうに楽しく過ごせる。何の心配もない。その保証が、日常生活動作ADLの維持ということになる。
母の姿を見ていると、操体法の威力は自分が思っているよりはるかにすごいものではないかと思う。
こんな年のとり方もある。身をもって示してくれた母と、母の二十年以上の粘りとに、心から敬意を伝えたい。(この項おわり)

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※今月の公開講習は、水曜日が4月17日と24日、土曜日が20日と27日です。
 いずれも飛び入りで大丈夫です。時間は14時以降、自由に入れます。
 

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力のいらない身のこなし-「どっこいしょ」と言わない筋肉バランス-
2013/04/13(Sat)
年をとって動きがにぶくなると、何をするにもよけいな時間と体力が奪われる。一日は24時間と決まっているし、一日分の体力も限られている。「動きがにぶい」ということは「日常生活の縮小」を意味するのである。
老化が嫌がられるのはそういうことだ。逆に言うなら、体が軽く、いちいち「どっこいしょ」と言わずに済むのなら、いくつになってもへっちゃらだ。


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今年八十歳を迎えた母は、結果的にいうと、日常生活動作ADLの低下がさほどなかった。もともとは不活発な人であったが、六十歳から今日までのおよそ二十年間、物忘れが増えこそすれ、ADLに変化はなかった。基本的な生活に変更もなく、地上からアパートの5階の自室に続く長い階段を、ふつうに降りたり上ったりして毎日を過ごし、好きなところへ好きなように出かけてゆく。特別なウォーキングなど一切ない。筋トレも、リハビリも、なしだ。誰の手をわずらわせることなく、医療費の負担をかけない優等生の八十歳である。
健康法はおよそ三日坊主で終わる人だが、「これだけはきちんと朝晩やってるよ」と胸を張っていうのが、橋本敬三医師も欠かさず実行していた操体法なのである。(さらにつづく)

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体力コストの削減でラクちん生活を手に入れよう
2013/04/12(Fri)
「体力をつける」のにも体力が必要だ。ウォーキングが実行できるくらいなら、私は操体法などやってなかった。健康法に投資する元手ともいうべき体力のよゆうが、すでに私にはなかったのだ。
操体法をやると体が軽くなる。そこに私は一つのヒントを見出した。


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日常生活で、いかに体力コストを削減するか。心身への負担を減らし、いかに疲労しないか。
三十歳で、すでに息切れを感じていた私は、そんなことばかり考えていた。
ADLという言葉をご存知だろう。「日常生活動作」と訳される言葉だ。
「体が動かなくなる」「体がいうことをきかなくなる」。それはADLの低下ともいわれる。
ADLが高いとは、「日常生活がラクに過ごせる」ことを意味している。
ADLが低いとは、「日常をふつうに過ごすのがむずかしい」ということだ。
体が身軽なのはADLが高く、何をするにも「どっこいしょ」というのはADLが低い。そう考えればいい。

年齢が進んで体力が低下することを具体的にいえば、ADLの低下以外の何ものでもない。
以前は軽々とできていたことが負担になる。一つ一つの動作を行うのに体力コストがよけいにかかってしまう。これでは気分も重くなろうというものだ。逆に、ADLさえ低下しなければ、いくら年をとって体力が落ちても生活に影響はない。そのいい例が、今年八十を迎えた私の母である。スポーツもやらない、筋トレもリハビリもやったことはないが、六十代からと変わらぬ生活を送り、勝手に好きなところへ出かけてゆくのだから優等生といえるのではないか。

たとえ非力であっても日常にさしつかえはない。「動きやすい体」「体力コストのかからない身のこなし」を身につけてゆくことで、それまで通りの自分の日常を楽しむことがじゅうぶんにできるのだ。(この項つづく)

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食べ物だって生きものだ-カロリーでも成分でもなく-
2013/04/11(Thu)
食べ物は体をつくる材料で、体を動かす燃料だといわれる。食べ物が「成分とカロリー」に置き換えられるのはそのためだ。しかし食べ物はもともと植物と動物。食べ物は生きものであり、生命体である。生命力のある食べ物と、生命力の弱った食べ物とのちがいは「成分とカロリー」ではさっぱり見えてこない。


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「一日三食。朝飯抜きはいけません」というのは、人間の、生き物としての「適応力」が一切入らない説だ。一日三食食べれば三食に適応し、二食にすれば二食に適応する。大食いすれば大食いに、少食にすれば少食に、生きものはある一定の範囲内で適応し、健康を保つ。それが生き物と機械の違いである。
「ここがちょうどです」という基準は、生き物の個体差というのがあって、誰かに決めてもらうものではない。自分が一番ラクでいいというのが「ちょうどいい」というほか、ない。だからこそ、「一番ラク」を決める感覚を研く必要もある。感覚がくるっていれば何をやったってうまくいくはずもない。

森下敬一博士は生命体は装置の寄せ集めでもないし、機械でもないと最初に言っている。じつは赤血球たちは状況に応じて、まさに生き物のように自分たちで集まって、体のいろんな細胞に変身する。「血は肉となる」の意味はまさにこれだという。
体の細胞は状況に応じて元の赤血球に戻る。食を断っても循環する血液の量には影響が出ず、貧血もさほど起こらない。どこから血液を補っていたのか。その現象にも、これでちゃんと説明がつく。
少食にすると、がん組織が血液の姿に戻る。それと同時に、清浄な食物で清浄な血液がつくられる。健全な赤血球が健全な組織をつくり、異常組織も健全な組織へと置き換えられていく。食事指導でがんが治る現象も、そういうことで説明がつく。

ちゃんとした食べものを食べる意味は、ここにある。食べ物としている植物や動物たちが、どこでどう育ち、どれだけの生命力を持つか持たないか。そういうことが食べ物としての意味を帯びてくる。その一方で、食べ物という生命体をカロリーという数値に置き換え、成分の寄せ集めに置き換える手法の栄養学は意味を失う。

赤血球が「変身」する現場は、たいへんな苦労のすえに撮影された。撮影に成功して数十年経つが、医学界はこれを否定も肯定もせず、機械論まっしぐらに突き進んでいる。「生命体は機械ではない」と認めれば、その後に何が待ち受けているかはわかっている。
唯物論・機械論で見てゆけば、どこまで行っても甲田光雄博士も森下敬一博士もペテン師ということになるが、病人を回復させ、感謝されている理由は深く追求されない。少なくとも病院医学の世界では、そういうことは「ない」ことになっている。(この項おわり)

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わたしの体は機械じゃない-「車にガソリン」からの脱却-
2013/04/10(Wed)
人間だって一日三回は燃料補給しないと。タンパク質がないと体をつくれないから必須栄養素は摂らないと。そういう考えがあるのは知っている。
「食べものは体をつくる材料。そして体を動かす燃料、じゃないの?」
機械に原料を仕込み、スイッチを入れる。そうでないと製品は出てこない。燃料と原材料で活動するのが生き物ならば、生き物だって機械だ。そして車に違いない。


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「唯物論で、機械論で、人間の心と体を見ていくことには根本的に無理がある」と言われたって、以前の自分には何のことやらサッパリ理解できないのだった。
実験室で再現できることしか事実と認めない科学というもので、何もかも整然と説明がつく日がくる。そんな見込みの世界の中に自分の安定を見出そうとしていた。唯物論・機械論という水に生まれ育ち、当たり前に泳いで呼吸している私には、周囲の水の存在そのものが理解できないのだ。

私たちが食事をするのは、まさに車がガソリンを必要とするのにたとえられる。
朝昼晩と、一日三回、規則正しく補給する。これはガソリン補給の発想だからウケもいい。一方、甲田光男博士の提唱する朝飯抜きと少食は、病人に救いをもたらしたものの、一般にはただ苦痛で無意味な空腹と受け取られ、かえりみられることはほとんどないのだった。
生きた体はときに食を制限し、ときに食を断つようなことで蘇ったりする。車の空腹に意味はないが、生命体の空腹には大いに積極的な意味が実績から読み取ることができる。

森下圭一博士も光岡知足博士もまた、「車にガソリン」的発想を超える結果を出している。私たちは子供のころから「消化」ということを教わっている。生命体に摂りこまれたものは、吸収という目的のため、大きな粒から小さな粒へと消化される。そんなことは小学生だって知っているのだ。
この単純な消化の概念を超えて、生体内では物質の転換がさかんに行われている。無毒が有毒になったり有毒が無毒なものになったりする。人間がつくれない栄養素なども、腸内細菌がどんどんつくっている。そんなダイナミックな生体内の物質の転換を指摘し、「車にガソリン」から生命の科学へと大きな飛躍を見せている。(この項さらにつづく)

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車の空腹は無益だが人間の空腹には意味がある-生命の科学-
2013/04/09(Tue)
機械に原料を仕込み、スイッチを入れると製品が次々に出てくる。原料と燃料は欠かせない。人間だって燃料を一日三回補給しないと。栄養という原材料がないと。そういう考えがある。
「食べものは体をつくる材料。そして体を動かす燃料、じゃないの?」


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カロリーとは燃料のことだろう。コメはパンにも油にも当然のように数字に置き換えられる。燃やせば何でもいっしょじゃないかというわけだ。栄養学では母乳も粉ミルクも成分のちがいでしかない。野菜も成分に置き換えられて、サプリメントの錠剤でも可もしくは望ましいとさえされる。コメはどこでどう育とうと、コメはコメという扱い。植物という生きものたちもまた、唯物論で日夜、切り刻まれている。

体はたくさんの工場の寄せ集め。血液製造所、胃液製造所、毒素処理工場…そういう頭しかない物質主義・部分主義のかなしさだ。生命を、唯物論・機械論で割り切る努力を重ねた結果が、今の日本の姿。半病人あふれる国。そういう話もある。
事実というのは不都合で厄介なものである。不都合で厄介でなければ事実というに値しないのかもしれない。多くの病気治しの実績を持つ甲田光雄医学博士の説を、事実と受けとめるにはずいぶん抵抗がある。食事指導でがん治しの森下敬一医学博士の説についても同様。事実と認めてもかまわないが、事実と認めた後のこともある。

それまでの自分、それまでの生活が、多少なりとも壊されるかもしれない。
事実にはそのくらいの力が具わっている。変える力を持たない事実は事実に値しない。名状しがたい危うさがぷんぷんと臭う事実。その臭いに引き寄せられてはみたものの、さあ味わってみようか止そうかと、いつまでも周囲を飛び回っている。そんな自分の姿を、ときにイメージする。(この項つづく)

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目に見えない生命のはたらき-操体法の六割主義-
2013/04/08(Mon)
栄養を、とろう。そんな話がある一方、栄養なかった時代はともかく、今は必要ないという話もある。食い気の話には引かれやすいが、食い気抜きに考えるとどちらに軍配が上がるか、事実が知りたい。


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一口に栄養素といってもいろいろあるという話もある。微量で欠かせない栄養素があって、それだけはぜったいゆずれないという話だ。美容によい栄養、ひざの痛みによい栄養。そんな話に忙しい昨今だ。

しかしながら、口から入れたものが生きた体の中でそのままということはないのだ、という話がある。腹には百兆匹の微生物が棲んでおり、宿主の細胞の数をはるかに上回る。これではあるじが一体どちらなのか、わからないような話だ。自分の食べたものが腹の中の微生物に食われて、内容がどんどん書き換えられているという。そうなると、「よい食べもの」も、腹の中ではどうなっているのか定かではない。
同じ環境で同じものを同じに食べていても、さまざまな違いというのが生きものには必ず出てくる。腹にひしめきあうものたちによるかは別として、栄養の話はどこまで行っても、生きた体の側の、生命のはたらきについての話がスッポリ抜けている。

師匠は「コメを食え」という。いい水。いいコメ。そしていい塩。そしてあとは梅干し、タクアン、味噌汁あたりで、もうそれ以上食べ物のこと、ごちゃごちゃ考えるのは実用よりむしろ趣味の領域・楽しみの領域という話だ。
何を食べるかよりも、どう食べるか。そこは話が抜けている。じゅうぶんな空腹。まずそれが必須だ。「現代人の生活は、ほんとうの空腹を知らない」とは師匠の言。空腹がなければ感謝もむずかしい。手を合わせ、じゅうぶんな感謝とじゅうぶんな咀嚼。食前食後に水分で胃液をうすめない。

腸内細菌の話はたいてい振り出しに戻される。腸内環境をととのえるため何か栄養を飲んだり食べたりしましょうという。どこまで行っても食い気と財布の話。物とカネの話だ。いのちの話ではない。
参考文献 光岡知足著『腸内細菌の話』(岩波書店)

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ほがらか・きよらか。単純にして明快。-失うとわかる大切なこと-
2013/04/07(Sun)
人生の参考になる師は、身の回りにたくさんいる。
声がゆたかで朗らか。表情が穏やか、しかも朗らか。身のこなしに重苦しさやぎこちなさがない。
それとなく気品がある。自分が自分であることの、誇りのようなものがある。
好奇心、冒険心、広い心。
どこかしら惹かれる宝石の輝きのようなもの。その共通点は「生き生きしているということ」だ。


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「望診」というのは東洋医学の基本。病院の先生が「病人の顔も見ない」と言って責められることがあるが、病院の医学の教科書に、「まず患者さんの様子をみましょう」という望診が重要項目にあるのかどうか。そこはクールに「検査の数値を見る医学なのだ」と割り切る向きもあろう。
病院以外の癒しの現場では一人ひとりの様子を見るということが欠かせない。相談に足を運ぶということは、どこかに改善が求められているということである。データの数値がよくなるという単純な改善ではない。もっと本音の、切実なところでの改善が用意されなければならない。私はそのように思う。

きれいな空気をおいしく吸って吐く。
きれいなお水をおいしくいただく。
清らかな穀物と少しの野菜を食べ、気持ちよい排泄がある。
すこやかな眠り。そしてすっきりした目覚め。
不安や恐怖や混乱に濁らされることのない、清らかな水の流れのような、こころ。
おだやかな笑みと、光をたたえた眼差し。
それらをよくよくイメージする。

吸う・吐く。飲み・食い。軽やかな体とこころ。
操体法でいうところの、「息食動想」はそういうことだろう。
ぜんぶそろっている人などもちろんいない。しかしイメージくらいはできなければね。
自分の理想とするところの、「吸って吐く」感じ。
自分の理想とするところの、「きれいな水を飲んだ」ときの感じ。
「清らかな食べ物を食べたとき」の感じと、気持ちのよい排泄の感じ。
眠りたい眠り。目覚めたい目覚め。
そして平穏・平安な、こころ。
そのときの自分はどんな気持ちをしていて、どんな顔をしているだろう。

快食快便快眠ができていれば、あとはおまけ。生活は単純でいい。
バカの進行の進んできた私は、そのように思う。
複雑はややこしく、こころに曇りを生じる。単純明快の、どこがわるいか。もう私にはわからなくなっている。
病気にとりつかれて複雑なことはよくわかる一方で、簡単なことが見失われていることもある。
単純バカにリセット。
自分の到達点はどこにあるのか。

気持ちよく飲み食いし、気持ちよく排泄がある。太陽ととともに活動し、太陽が沈むと心地よい休息がおとずれる。そんなうれしくもありがたい生活の、どこに不満が言えるだろう?
肝臓病やムチウチで、快食快便快眠の失われた生活を地獄とみた。「こんな生活、生きるに値しない」というような罰当たりなことを、うつうつと感じて過ごさなければならない、長い長い時を経て、そこから努力もあり脱け出した。その結論として、言う。
生きものとしての、単純明快をきちんとおさえた先に、見えてくる改善がある。

元気でありさえすれば、その後のことは何をどうすべきかおのずと見えて、おのずと行動している。火に入ろうが水に入ろうが他人にどうこう言われる筋合いではない。各自ご自由の世界。それが健康ということじゃなかろうかと思う。

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 ②③は日程・時間帯を希望にあわせます。西鉄高宮駅徒歩3分。
 お問い合わせ電話080(1720)1097(山下) 
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ゆるめたあとのこと-力に頼らない-
2013/04/06(Sat)
固い粘土に力を加えれば軟らかくなる。しかし生きた体は刺激のあとに生体反応を起こす。
ゆるめるのに夢中になって、何度もひどい目にあった。「ゆるめればいいってもんじゃない」ということを身にしみて理解した。


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論より証拠。自分の首でも肩でも太ももでも、心ゆくまでもみほぐし、翌朝の状態をきちんと確認する。強さ・弱さを変えてみて、どうなるかデータをとる。
比較実験も必要だ。外から力を与えずに、操体法の動きだけで左右差をなくしたあとはどうなっているか。翌日の状態はどうなっているか。
さらに、操体法も何もやらないときは、どのくらいの状態か。
一人の人間で三通り実験するしかない。結論出るまで何人かのデータもとらなければ、ほんとうのことはわからない。

自分のムチウチの首をどうにかしたくて操体法にのめりこみ、飛躍的なレベルアップを見たが、あとはそれをどう使うか。それもまた大切な技術である。
徹底的に動きをそろえ、軟らかさを追求していた時期がある。
操体法は、「六割主義」というのがある。腹八分どころか腹六分である。その手加減を守らなければ、ほんとうの操体法ではない。
そこを八割も突破して、強引にやってしまった。
ヘタに刺激すると、筋肉はいじられた仕返しのように腫れあがる。翌朝は首や肩が怒張して、打ちのめされた。生きものの反応とはすごいものだと思った。

ゆるめるというのは、そうカンタンなものではない。ゆるめるだけでは結果は得られない。ゆるめるのは到達点ではなく、元気が到達点だ。
ゆるめたい。
そう思うと、やりすぎる。人間の都合を強引にすると痛い目にあう。
自分のムチウチの首でイヤというほど実験した。自然の法則に反しては、何ごとも成就しない。
身も心も軽く元気になる。これが患者の願うベストの結果。その一番よい結果のことを、考えなければいけない。
何が固くて何が軟らかいか。どこがどのくらいゆるんだら元気になるのか。
絶対的な基準など、求めようがないではないか。六割主義で残した四割は、本人の体に具わった生命の復元作用にゆだねなければならない。
ただただゆるめたい。軟らかい手触りを追求するわがままで、何度自分をひどい目にあわせたことだろう。
「ぜったいにムチウチの首はさわるな」とは師匠の言。
外から力を与えるやり方は、攻撃ともなり得る。刺すにせよ揉むにせよ、筋肉繊維のダメージと引き換えに、何かを期待する。毎日取り組むことのできる療法とは別の枠組みといっていい。

操体法は、自力の運動療法である。
施術もまた、本人の動きを最大限に尊重し、本人の体の生命力に最大限の敬意をはらう。
術者はただのお手伝いにすぎない。
少しずつ日常に取り入れて、数分でも毎日やってゆけば、本人も気づかないうちに、ちょうどよい加減にゆるんでくる。体は「ゆるめる」のではない。おのずと体が「ゆるむ」のを待つ。まどろっこしいかもしれないが、「急がば回れ」である。生体反応による結果まで見てゆくことで、元気が得られる。六割主義を守る限り、副作用はない。「物足りない」くらいがベストの結果を得られる。その加減がのみこめてきたら、入門編は卒業だ。

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山頂にパンジー -そぐわない-
2013/04/05(Fri)
山歩きで山頂に着いたらパンジーやチューリップが咲き乱れていた、とする。
これをどう思うかは賛否両論あろう。実際の現場には水仙の花がちらほら。山雑誌で取り上げられて賛否両論あった。

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水仙に罪はない。人工の花も花ではないか。自然の一部ではないか。そういう話もあった。
いやそうじゃない。足あと以外できるだけ何も持ち込んではいけない。山は山としてそのように尊重するものだ。そういう話もあった。
山の話と、いのちの話は、通じるものがあると私は思う。

水仙を持ち込んだ人の気持ちは私もわかる。行きつけの山で、「ここらにトマトを一本植えたら食べられるだろうな」とか、「ここならタラの木を植えれば育つ」などと思うこともあるからだ。
それを実行にうつさないのは私がずぼらだからだ。都合よく自分の口に入ることはあるまいという計算もある。しかしそれ以外に実行をためらわせるものがある。人間が勝手に山に手を入れることに対する違和感だ。
昔の人は、そこのところをじょうずに手を入れていた。自然をきちんと読み取った上で、必要最小限の手を入れ、自然がより生き生きする姿を見せるような、そんな素晴らしい技術を持っていた。生活の智恵といってもいい。
技術が自然の勢い、いのちの勢いを絶ってしまっては元も子もない。そこには「山頂に水仙」という発想はなかろうし、体を切った貼ったする発想もないだろう。「昔は医学の技術が遅れていたから」とか、「昔の人の頭が未発達だったから」とか言われるが、私はそうは思わない。

子を生むという自然の営みに対して滅多やたらにメスが登場したり、「無痛」分娩が当たり前だったりする。それらを支えているのは多種大量の人工的なクスリである。三人のお子さんを生んだ体験を持つ知人からそんな話を伺う。「産ませるのがじょうずなお医者さん、産ませる技術を持ったお医者さんは切らないですよ。薬も使わないし。じっさい技術があればクスリなんか持ち出す必要ないことがほとんどです。自分はそういうところだったからよかったよ」といくつか病院を教えてくれた。
「逆子なんか、ふつうにおばちゃんとかが昔は手でこうやってじょうずになおしていたもんです。昔ふつうの人があたりまえにできていたことだけど、いまのお医者さんじゃあできない…んでしょうねぇ」
生きた体を、いのちを、人工物でいじりまわされたくはないという、名状しがたい生理的な違和感に、私たちはしばらくの間、心を乱したことだった。

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がんばらなくても実現する―歪みをとればいい―
2013/04/04(Thu)
手術?そんな危ないことせんでも。遺伝子研究?そんなややこしいことせんでも。
今はそう思う。バカが進んできた証拠だろう。玄米食で肩をいからせ、ヨガのポーズを披露していた頃のほうが、周囲のウケは断然よかった。


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「治す治す」と必死で玄米を食べていた当時の私に一つ質問をしてみよう。
「治ればいいんですね? では、何がどうなったことを治ると言ってるの? 具体的に示してみなさいよ」
何がどうなれば私は満足しただろう?

18歳で肝臓をやってからというもの、生きる喜びが感じられなくなった。肝臓をやるというのは全く厄介だ。肝臓に限らない。腎臓をやる、心臓をやるというのも、やった人にしか知れない厄介があるだろう。
臓器は元手。そこまでやられる以前の段階で、わかろうものなのだ。早期発見・早期治療では遅い。その前段階というのを、日常の動診で見つけましょうという。寝床でできる数分の手間だ。見つかったら快方向に体を動かす。それだけだから、やってごらんという。
「もう上げ膳据え膳。ここまできたんだよ。それもできない、それもやらないというのでは」とは師匠の言。

肝臓をわずらうと、だるさが尋常でない。寝ても覚めてもだるい。気がくさってしまう。周囲の人間みんなが自分より強く思われて、「一度くらい、ああなってみたい」などと思う。
弱ればがっくり自信を失う。「もう自分はダメになった」と思う。朝の目覚めも、食べものを口にしても、元気にあふれているときと元気を失ったときとでは、まるでちがう。
一番だいじなのは何なのか。「患者さん」として長く人生を歩んだ私にはわかる。検査の成績など、ただのゴミだ。生存率のデータさえ、ほんとうはどうでもよい。
元気にあふれていた頃の、自分の気持ち、あの日常感覚。それをただただ取り戻したい。自信と確信の持てる本来の自分。そこに戻りたい。ただそれだけのこと。
それがどうしてこうもややこしくなるのか。
誰がややこしくしているのか。

ヨガと玄米食は私のトレードマークだった。それが「歪みがとれたらいいだけだ」とあっさり言われた。
食も漢方も、鍼も、揉みも、歪みがとれていないのはヘタクソ。うまくいったのは歪みがとれている。「それだけだ。それしかないんだ、残念ながら」
べつに険しい道、厳しい道を歩かなくてもいい。苦しいことをやればストレスに毒される。しぜんに正しいことをやっている、ラクな状態が一番いい。
「わるいものを食べたいと思うから制限する。わるいものを見ても食べたいと思わなければ制限しなくていいだろ」
不自然な努力がなければ生きていけない。それは不自然だし不健全だ。歪みがとれていくうちに、そこそこにおさまるようになる。
「やってみろ」
私はすっかり気持ちがラクになった。そしてじっさいに飛躍を見た。山歩きを楽しみ、それまで悪戦苦闘してできなかったことが、すんなり実現できているのに驚いた。
「この人はねえ、今ごろ死んでいた人なんですよ」と冗談で言われる。医者の宣言だと、今ごろ私は肝硬変もしくは肝臓がんに進行していなければならないところだったのだ。「ハイ、確かに死んでおりました。今はもう余りの人生をいただいております」とこちらも豪快に笑わせてもらう。(この項おわり)

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人に言えないものまで食べた-治りたい一心-
2013/04/03(Wed)
「自然食やっています」と言うのは「新興宗教に入ってます」と言うのと同じ。そんな時代もあった。今の人にはわからないだろう。私は自然食という団体の、玄米菜食という派に属する人間だったと言ってもいい。


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玄米に対する疑いはあり、ある程度の情報もあった。しかし玄米信奉者には関係ない話だ。
「私は地上で最後まで玄米を食べ続ける人間になる」と宣言してやまない筋金入りだった。
「玄米は体にいいらしい」という憧れはいまだ根強い。しかし自分は12歳から30歳を過ぎるまで玄米菜食を通したから、その限界だけでなく、その害悪も少しはわかっているつもりだ。
二十年以上ものあいだ、「何を食べるか」に勝負をかけた。人に言えないものまで食べた。尿療法がちまたに騒がれたときも、「自分のおしっこくらい何でもない」と実行した。当時の話をしたら師匠にあきれられた。「やる前になあ、少しは調べろよ」
しかし道が険しそうであればあるほど期待は高まる。二十年以上、そんなことをしていた。操体法に出会わなければ、一生あのまま不毛な挑戦を続けていただろう。

当時の自分を振り返るとつくづく患者とはあわれなものと思う。健康法も療術も、本人がいくら真剣でも、こんなやり方していたら「人生のひまつぶし」のようなことになる。他人の成功話を見聞きするたびに平気で無茶をやらかす。無茶はぜったい続かない。時間もお金もむざむざムダにする。
もちろん食養という道はある。非常にけわしく、厳しい道である。それは他の療法も同じである。鍼や灸も揉みの世界も、現代医学も同じく、訓練に長い年月のかかる、非常にけわしい道だ。そしてどの道にも経験を積み重ねた優れた使い手がいる。名人・達人を目指して研鑚の日々である。
それを、「ちょっと待った。治ればいいんだろう?」と言ったのが、操体法の橋本敬三医師だ。
確かに名人・達人の技術はすごい。しかし、いかなる魔法の妙薬も、いかなる巧みな技も、やっていることはただ一つのことじゃないのか?

橋本敬三医師は東洋物療のけわしい道を探索しながら、自分の腕におぼれることなく、「なあんだ、筋肉の異常緊張と異常弛緩が正常になるだけのことじゃないか。みんな体の歪みをとっているだけじゃないか」と気がついた。そしてあれほど手間ひまかけて身につけたものを、惜しみなく捨ててしまった。(つづく)

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ほんものはどれもすばらしい-さあどこに賭けようか-
2013/04/01(Mon)
鍼ってどうですか、お灸きくんですか、漢方はどうですか、もむっていうのはどうですか。
「ほんものなら、すごいよ。でもそのほんものって、一握りよ」とは師匠の言。
なぜ操体法なのか。その答えの一つが、ここにはある。


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療術・手技療法の世界は、厳しい職人の世界だ。
「学校出てテスト合格したら、さあ開業というわけにはいかないんだよ」
鍼を刺すのがどれだけ難しいか。少しでもやった人なら、わかる。漢方薬に至っては、「モノがよければすごいけど、天然もので、採取された場所にもよる。たくさんあるわけ、ないじゃない。あったとしても目ん玉飛び出るほど高いぜ。まあほとんどがニセモノ。ほんものはまず入手不可能だ」。
自分も野草を求めて山に入るが、ただの野草・山菜でさえも植生が限られ、手ごわい競争者もいる。いつもあちこち歩きまわるが、当たり年とそうでない年もある。これがお金になる漢方だったらと考えると、うなずける話だ。

もむっていうのはどうか。子供にだってできることだ。ピンからキリまである。
「どれだけ大変なことか、わかるか。必死で取り組んでも十年はかかる道だ。年月かけたからといってモノにできるとも限らんし。昔の人は徒弟制でやっていたんだ。何でも甘くみるなってこと」
「もむ」がいいか、「刺す」がいいかという問題ではなさそうだ。「もむ」という限られたことで、どこまでやれるかが腕の見せどころ。あの細い針を刺すだけで、どこまで行けるか、やってみろということ。「もむ」のがすごい、「刺す」のがすごいということではない。そのように私には思われる。

操体法の創案者、橋本敬三医師は、療術・手技療法の名人たちを自分の病院に呼びこんで、じっさいに目の前で治療をさせて、それをずっと見ていた。そして「すごいな。どうやるの?」と名人たちに教えを請うた。
腕は名人たちが上でも、社会的地位ではお医者さまとただの職人。地位の低かった名人たちは、お医者さまに認められたことを喜び、そのコツを教えてくれた。そして熱心な橋本敬三医師はめきめきと腕をあげてしまった。社会的には医師でも、腕ひとつ手技ひとつの職人世界の住人でもあったというのは驚くべきことだ。

橋本敬三医師が自分の腕に満足し、「治せばいい」という世界に腰を落ち着けていたならば、「達人・名人」として名をはせることはあっても、操体法はこの世に生まれることなく終わっていただろう。(この項さらに続く)

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