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ノンビリの構えは最短距離で快方に向かう
2013/01/16(Wed)
ウサギのストレス実験。前足を骨折させてギプスをつけ、回復までの状況を記録する。
最初はどのウサギも骨折部分を気にしているが、しばらくすると「まあクヨクヨしたって、しょうがないわな」と、多少の痛みも不自由も気にせずに、エサを食べたり身をつくろったりしてノンビリ構える個体も出てくる。
反対に、骨折部分が気になって気になってしょうがなさそうな個体もいる。いつまでもギプスをかじったりしてエサなど見向きもしない。いつまでもいつまでも苦にするうちに心身ともに弱らせてしまう。

ノンビリのほうはストレスがないから早く快方に向かう。ノンビリは輪をかけてノンビリになり、多少の痛みがあってもスッカリ忘れてしまえるのである。
苦にするほうはストレスが大きく、回復も進まない。これではさらに悲観的にならざるをえない。そのままもつれこんで衰弱死するケースも少なくない。死ななければいつかは回復するのだろうが、苦しみに費やした時間は長く、それだけ苦しみをたくさん味わったということになる。この場合の苦しみで得られたものは何もない。生きる上での大きな損失でしかないのである。

「ああまた痛い。またしびれてる。ああまた!」「何でこうなの? なんでこうまで治らないの? ああもう困った困った」と症状をかかえるたびに苦にするのはストレスである。ストレスが、症状を持続する負のエネルギーとして働くこともあるとなれば悪循環である。自分自身を苦の境地におとしめ、「これさえなければ天下泰平だのに」と自らを追いつめてしまう。こころと体を傷めつけ、心身をそこなうのにじゅうぶんなストレスである。

「こんなに節制して、こんなに気をつかって、操体法もがんばっているのに」「ああ治らない」「まだ痛む」とグチで頭がいっぱいになることがある。少しは期待がなければ努力もない。期待もあるから努力するのであるが、努力をすれば少しは期待もする。期待はつねに現実を上回るから、結果にいちいち振り回され、期待を裏切られればストレスの害毒にもさらされる。人相はわるくなり、姿勢もわるくなる。精神衛生上たいへんよろしくない。
期待はできるだけせずに努力をしろということである。努力していることに気がつかないまま、体がいつの間にか動いて実行するということである。治るまでの間をどうやり過ごすか。そこは智恵でカバーするほかあるまい。

やるだけのことをやっているのなら、の場合に限っていえば、受付け窓口というのは時間帯が決まっているのが相場なのだ。体の調整をやっている間はどこまでもていねいにからだの訴えをきく。調整がうまく進んでいれば、あとは時間の問題である。
受付時間の終了と同時に窓口にはカーテンがかかる。痛みや症状に一日中つきあっているわけにもいかないのである。カーテンは次にいつ開くのか。「よし、今の空き時間にちょっと調整するぞ」と思えば、さっとカーテンを開く。カーテンの開け閉めは軽いほうがいい。少なくとも朝一番と夜の就寝時には窓口を開けておく。症状があろうとなかろうと、窓口のカーテンが閉ざされっぱなしというのは論外である。
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