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「病気や症状も排泄作用の一つ」という見方には根も葉もないのか
2012/12/17(Mon)
激しいセキが続く。一つの咳が次の咳を呼び、咳で呼吸し、咳に支配され、咳に従う。そんな発作が日に2回ときには3回、毎日休みなく続く。「それ咳じゃなくてゼンソク」と師匠は澄まし顔である。

夕方から夜の時間帯に、内臓まで吐き出すかと思えるほど激しい全身運動。咳以外、何もできず、何も考えられない徹底ぶりがむしろ心地よい。「出たいなら出たいだけ出ればいい」と開き直り、咳に身をまかせるうちに、ぴたりとやんで時計を見る。60分でもなく80分でもなく、いつも70分前後である。十月半ばから十一月いっぱい、そんな毎日が続いた。初めての体験である。なぜ咳が出るか?と考えていた。
発作の始まる少し前から食欲が落ちていた。発作が始まった頃にはものが食べられなくなり、発作が続くうちに体重が落ちていった。十二月に入ってから急にご飯がおいしく感じられるようになって、咳の発作は出なくなった。
70分間の咳に身をまかせるうちに声がかれたが、ハスキーボイスは「雰囲気がいい」とおおむね好評だった。

なぜ咳が出るか? 自然療法の見方をすれば、「咳をする条件が体にあった」ということであり、「咳をしないより咳をするほうが望ましかった」ということになる。
腸の動きがにぶくなったとき、その改善をはかるため、咳やゼンソクを出すことがあるという見方・考え方がある。身をよじり、ハラワタがひっくり返りそうになるくらい激しい咳をしているとき、確かにこれは消化管も相当な運動を強いられているなと感じた。発作が終わると疲れてはいるが、お腹は軽い。激しい空気の出し入れも行ったからかスッキリしている。

「咳も排泄作用の一つだ」と師匠は言い切る。「端的にいうと食べ過ぎなんだよ」
原因不明の咳の発作が長期にわたって発生し、病院でもわからない。半年一年と経つうちに、原因不明のまま解消というケースは家人や周囲でも目撃してきたが、「そういうこともあるのかなあ」とあいまいな知識の域を出ないのだった。「咳は腸をととのえる働きがある」といえば荒唐無稽と笑われるだけなのだろうが、食べ過ぎの行動と、全身運動の不足とが、消化管の不調をもたらし、その改善に咳の発作を起こすという体の対抗策ということが、実感を伴ったものとして感じられた貴重な体験だったと思う。
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