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地獄でインタビューしてみたら
2012/10/14(Sun)
「ここまでひどい目にあうようなこと、していない」。そう返事が返ってくるのは全体の何パーセントか。
「自分は相応のことをした」と返すのは全体の何パーセントか。
同じ責め苦にあうのでも、この違いは大きい。
「こんな目にあうようなこと、わたし何ひとつしていない!」とくよくよしてあったガン患者さんが、指導を受けるうちに「いくつか心当たりがある」と言い出した。そのときの目つき顔つきが、違っていた。「ははあ、そうか、そうだったか!」と確信にあふれていた。発見の驚きと、よろこびに満ちていた。
わかれば早い。
自分で取り組むか取り組まないかは、自由であるが、私たちは一方的に病気にやられっぱなしなのではない。決定権は病気のほうにではなく、自分自身にある。決定権を握った顔には開き直った力強さがある。

名医のメス一本で危機を脱しようとあがいていた家人が、ようやく冷静さを取り戻した。
もともと損得勘定にうるさい人間だから、体にメスをいれる損失のことに気がつくと話は早い。
生活のコントロールができないために自分で自分の首を締めている。首を締める自分の手を、ほんの少しゆるめれば済むこと。一生ではない。体調が戻るまでのしんぼうである。
結論はカンタンだが、相当もつれあった糸である。ストレスの大きい人間はとくにそうだ。昼間は気がせいて、ものを食べるよゆうがない。食べられない恨みをつのらせて日が暮れる。忙しさから解放されたときがリベンジタイム。食べながら仕事の残りを深夜までかかって仕上げている。
眠りはなかなか訪れず、朝は動けない。食と睡眠のリズムが失われ、効率のわるいこと、このうえない。
さっさと寝て一日のスタートを早くする。昼間はどれだけ忙しくてもブレイクをとり、適度に食事もとればよい。仕事よりもまず、自分。仕事を続けたければ体のほうをしっかりさせなきゃ続かないだろう。
しかし食と睡眠のリズムを失って二十年にもなる人間には、この結論は受け入れ難い。ありえない選択と思われている。多少の手加減はあるようだが、いまだに夜の11時12時を過ぎても何やら食べている。五十代のいい年をした人間が見られたざまではないが、人にはそれなりの事情っていうものがあるのだから、そこに立ち入ることは誰にもできない話だ。

しかし三度に一度くらいの割合で、声をかける。「こわいもの知らずの行為だよ」「さあその一口がどういうことになるか」「知らねえぞ~」笑って一声かけると、それを合図に片付け始める。
十数年前に受けた本人からの依頼なのだ。何の話でそうなったかは記憶にないが、急にまじめな顔になって、「もしあたしがまちがった方向へ行くことがあったら、なんとしてでも止めてほしい」と言いだしたことがあった。
まちがった方向とはなんのことか、いきなりそう言われてもわからなかった。「それでもとにかくどうでもいいから、あたしを止めろ」と言う。
「誰に何を言われたって、いうこときく人間じゃないくせに」と返したら、「いや、それでもダメ。ぜったいあたしを止めて」ときっぱり真顔で、言う。
「なんでそんなこと私がやらなきゃいけないんだよ」と思いつつ引き受けた。
「わかった。それなら力づくででも止める。容赦しないよ」
あのころはまだ二人とも若かった。家人の体重はまだ40キロ代。そのほっそりとした姿が折にふれ思い出されてならない。過去の家人がタイムトリップでやってきて、「さあ、あの時の約束を果たせ」と迫っている気分になる。昔の家人の声を代弁するつもりで、体重80キロ前後になった現在の家人に声をかける。人の生き方に首を突っ込むような悪趣味はまっぴらご免であるが、頼まれたことだけはべつだ。向こうが「もうけっこうです」と言ってこない限り、依頼は有効である。有効なのか、それとももう無効なのか、一応手紙で確めてみたが返事はない。黙って従っているのだから、何かの役に立てているのだろう。

しかし頑固な家人である。「相応のことをした報いだ」などとしおらしいことを言う人ではない。「こんな目にあうようなことはしていない」と心の中は不満だらけだろうと思う。
治る治らないはべつとして、「ああそうか、そうだったか!」と確信し、自己決定権を握るさばさばした顔になったのを一目見たいものだと思う。
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