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「しのぎ食」「ばっかり食」は人類を救う-その逆をゆけばどうなるか-
2012/08/29(Wed)
ご飯のお伴にぬか漬けばかり。どんなにおいしいものでもさすがに入らなくなる。「これ食べるくらいなら何も食べないほうがマシ」。見るのもイヤになるのが「ばっかり食」。
食べ飽きた定番なら少々の空腹では手が伸びない。だから食べ過ぎる心配もない。
ここで食べものの種類を増やすとどうなるか。
ぬか漬けは入らないが、冷ややっこにオクラとかつおぶしでもかけたら、イケる。
で、そのまま冷やっこを続ければ、それもだんだんとイヤになる。ところがそこにカレーなんか来ると、「まだ入る」。
なんのことはない。食べもののバラエティーこそが「大量に食べるための工夫」に他ならない。さらにジュースやビールなど飲み物を食卓にのせれば効果的。大量に食べられること請け合いだ。

地域の風土にあった昔からの調理法で、旬のものだけをいただく。
これを忠実に実行すれば、おのずと「ばっかり食」に近づいてゆく。それが「自然食」の原点でもあるだろう。
飢えをしのぐために食べる。それが「しのぎ食」のコンセプトである。空腹で動けないのも困るが、満腹で動けないというのもそれ以上の厄介を引きおこす。だから困らないていどに食べ、空腹は少しとっておく。
この「空腹を残す」というのがコツである。
空腹は敵だ。そう思いこんでいる人がいる。「あ空腹だ!」思ったとたんソワソワしだして、「さあこの空腹をやっつけなければ」とばかりに詰めこみ始める。若い人ならそれも頼もしい光景といえようが、ガツガツしなくてよい人までが苦しくなるまで大量に食べてしまう。飢餓はもちろんよくない。しかし適度な空腹こそが健康の友。むしろ味方である。
週に何回かの満腹なら、わるかろうはずもない。自分も少食とかいってるが、食べるときは周囲もかなわない。余力があるのだ。大切なのはメリハリと思う。昔は「ハレ」と「ケ」が暦の上でハッキリしていた。日本の昔からの生活文化がこわれてハレとケの区別もなくなって、もう毎日がごちそうだ。日本中世界中から手をかえ品をかえ、ごちそうが運ばれてくる。しかもテレビや新聞などで大々的に宣伝され、刺激もじゅうぶんに増幅されている。天井知らずの欲望には体がついていけなくなる。

お金さえあればまわりにある食べものが何でも好きに食べられる世の中。
見ようによっては残酷な世の中だ。
自制できなければ自滅。自分自身をコントロールできないということは、自分の周りの何一つコントロールできないということでもあろう。
何の備えもなく丸腰で街中を歩きまわり、看板や呼び声やにおいのするほうに気をとられ、足の向くまま店に入って食べ歩きする習慣だけは身につけたいと私は思わない。画面いっぱいに映し出される料理に目を釘づけにさせられながら、金で雇われたレポーターたちの歓声に耳をかし、「まわりにある食べものをいつ何どきでも好きに食べてよろしい!」と自分に向かって号令をかけたら、一体どういうことになるか。
何気ないこの日常にどれだけ危うい行為が隠れているか、身をもって教えてくれる教師たちに不足はない。まさに「君子危うきに近寄らず」だと思う。
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