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ほんとうの「気持ちいい」とは何かを知る-感覚をにぶらせることは生きる力の低下につながる-
2012/08/20(Mon)
気持ちいい・わるいという感覚がサッパリわからない人も多い。気持ちいいとか不快だとか、そんなの健康にも病気にも関係ないと思う人も少なくない。
しかし感覚器官は命を守るためになくてはならない大切なものだ。
一早く異常を感じ取ることが、生死を分ける。
危険はありとあらゆる不快な感覚で伝わってくる。逆に、気持ちよいという感覚は安心安全という合図である。

生きものは、快か不快かの感覚で安全と危険を知る。それ以外に安全と危険を知る方法はない。目の前に大きなヘビがあらわれても、不快な胸騒ぎがしなければ逃げるという行動は出てこない。ヘビを扱いなれた人なら、かえって喜びを感じるかもしれない。何がどのくらい危険なのかは、本人の感じかた次第だ。感覚を狂わせていれば、もちろん危険に追いまれることもある。
気持ちいい・わるいという感覚がわからないというのは、感覚がにぶいということ。生きる力が低下しているということをも意味すると考えてよい。

操体法の入門は「気持ちよい動きをラクに行う」。それだけである。右を向くのと左を向くのと、どちらがラクかといった比較で動きを決めることは多いが、気持ちよければ感覚に従って好きに動いてよい。
一応、①動診という確認を行い、②「ゆっくりとなめらかに動いて」③「一番気持ちいいところで数秒間のタメをつくり、」④「ストンと瞬間脱力で全身をゆるめる」⑤ちょっと一呼吸おいて再び動診し、動きが改善されたことを確認する。それが操体法のやり方ではある。

気持ちいいという感覚は信号機の青ランプ。安全という体からの合図である。気持ちよくない感覚は信号機の赤ランプ。危険という合図で、そのまま行くと体の組織がこわれるという合図でもある。
ふだんから自分の感覚を大切にして、体とのコミュニケーションをはかっている人なら、最初から何となくわかるはずだ。体が固い傾向で、体の都合より自分の都合で生きてきた人には多少むずかしく思われるかもしれないが、まあやっていくうちにだんだんとわかってくる。

気持ちよく動くっていうだけなら体操でもヨガでもストレッチでも、何でもいい、そうなりがちである。
最初から感覚のいい人は何をやっても効果の実感をまあまあ持てるので、かえってそこに安住するという落とし穴が待っている。
しかし操体法にはそこから先がある。むしろその先こそが、操体法としての威力を発揮する場である。
「気持ちいい・わるいという感覚で体を動かす」というのは、ほんの入り口にすぎない。
操体法のキーワードは「快・不快の感覚」のほかに、「連動」「圧痛点」「癒動」がある。
少なくともこの四つの要素がそろわなければ「操体法やってます」などとはいえない。
この四つの要素をそろえながら、ほんとうの「気持ちいい」というのはどういう感覚のことをいうのか、より正確に、精密に、感覚を吟味する技術を身につけてゆく。

感覚の吟味がわかってきたかどうかは、一目でわかる。
自分の体のことが的確にわかってくるというのは、自分に対する信頼と自信を深めていくことにもなる。だから目つき顔つきまで違ってくる。言うことも違ってくる。
きのうと同じ今日の自分。あしたも同じ今日の自分。そのようなマンネリズムの感覚は、操体法とは無縁のものだ。新しい感覚を更新してゆける日々というのは、心からのよろこびに満ちあふれている。
花火のように消えてしまう一時的なよろこびもあるが、そうでないよろこびもある。後者のよろこびのほうを追求しようという人には、操体法はまちがいなく宝だろう。

次回は「連動」「圧痛点」「癒動」について述べる。
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