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歩く足の運びはたくさんのおしゃべりをしている
2012/06/29(Fri)
朝の通学路。制服姿に囲まれながら歩く。みな同じ服に同じ靴だから、かえって違いが目立つ。
左の靴底ばかりをすり減らす人もあり、右のズボンのすそを踏んづけながら歩く人もある。
それぞれにそうならざるを得ない事情がある。
すぐ目の前を歩く男子高校生は、左足の裏をいちいち私に見せながら歩く。地面から足が離れるとき、ひざがくるりとねじれるのだ。本人は痛くもかゆくもないようで平気である。

上半身もパンをかじったりしゃべったりで忙しいが、彼らの足の動きもまた、ずい分にぎやかだ。私が話しかければ彼らは迷惑そうに口をつぐむことだろうが、誰だって自分の歩き方を隠すことはしないし、ウソをつくこともない。
一人だけ、右足にも左足にも特にねじれもひっかかりもなく、わざとらしい動きのない人がいた。靴底の減りかたも、離れて見たくらいでは分からない。左右どちらの側も股関節や肩甲骨までの力の伝わりにムダがなく、先頭をキープして、ひょいと縁石にのっかったりなどして、狭いところも広い地面とかわりなさそうに歩いてみせる。そのさりげない風情がかえって私の目をひく。
この人のはよく聞こえてこない。もう少し、と思ったら足が止まった。校門だ。時間切れである。

クセのある足の運びを操るからくりは、足だけにあるのではない。全身に及ぶ。百メートルかそこらを一緒に歩くうち、それぞれと気心の通じ合う気持ちにさえなる。
どんな顔つきで、どんな体つきをしている人が、どんな足の運びをして、どんな生き方をするのか。
操体法の先達たちはそんなことに関心を持たせてくれたと思う。
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