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☆お金。交換を保証されたもの。そこから何ものにも替えがたいものを得る☆
2012/05/16(Wed)
示談書に、サインできないでいた。それ以外の社会的解決法は用意されていない。
お金は交換できる。交換できることを社会的に保証したものが金銭だ。
しかし人の体験は、何ものにも交換できない。失礼な。
強いていえば、そういうリクツになるだろうか。

新聞やテレビでは「和解!ついに解決!よかったよかった」みたいな報道をよく目にする。社会的には「よかった」としか言いようがないが、被害にあった側の本当の解決というのは、まだまだ遠かったりもするのである。それが今はよくわかる。立場がかわると目に映る風景がこんなにもちがうとだけ、思う。

示談書では自分の言い分は通ったから一つの達成だ。ここでサインせずに終わらせれば筋は通るのである。
神棚にあげ、毎日お経をあげて考えた。未解決のことは神棚にあげておくと、たいていは答えがピンと出るが、今回はそうカンタンではなかった。
社会的解決と、自分的な解決が、必ずしも足並みそろうことはないという、あたりまえの結論以外にない。

「ほんとうの解決は、これからだろう」。サインし、印鑑を押し、それからまた未練がましく数日おいて投函に至る。地面にめりこむ足を引っこ抜きながら、引きずって進むような、作業。
お金は、交換できる。交換できることこそが、人々の望むところだ。
交換したくない。というか、交換できない場合には、どうすればいい。

これをまた、何ものにも替えがたいことに交換して、高める。
そういう作業だけが、私の手元に残された。
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