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骨格が歪んでいるのはどのくらいソンなものなのか?-操体法の医学-
2012/02/29(Wed)
骨格が歪んでいるのはどのくらいソンなものなのか?「骨組みがととのっていないことが万病の原因」という仮説が成り立つならば「骨組みが整うとあらゆる不具合が快方に向かう」ということになる。完全治癒は改善を積み重ねたところにある。
一発で治ることを目指さなくても、一歩一歩の改善を日々確認できれば安心だ。前向き・積極的な姿勢で生きていられる。

骨格が歪んだら、どうしていけないのか?
骨組みが整っていれば、全身の骨格をまんべんなく使える。
骨組みが整っていないということは、全身の骨格の動きが整わず、よく動くところはたくさん動き、動きのよくないところは動きがおちる。
たくさん動くところの特徴…体温高い、血流よく酸素や栄養がまわるので、筋肉繊維細胞もしっかりしている。
動きのよくないところの特徴…体温低い、血流わるく酸素や栄養が不足、筋肉繊維細胞が衰えている。
たくさん働くところは過労となりやすく、老廃物がたまる。それがコリをつくる。
動きのよくないところは血液やリンパの流れがわるいため、老廃物がたまってコリをつくる。
筋肉のコリは、「筋肉がかたい」「動きがわるい」という状態をあちこちにつくりだす。

骨組みは、なぜ歪むのか。
骨格標本は、全身だらりと脱力し、動きが各所バラバラで、互いに連携しながら動かすことはできない。
骨は筋肉につなぎあわせられ、あちこちの関節の動きが互いに連携しあうことで、動けるようになっている。
筋肉のコリは、力の伝わりを断ち、動きのクセをつくりだす。
力の通り道に、石ころや岩がじゃまをして「通せんぼ」しているのである。よけいな回り道をしたり、石ころや岩をうんうん押しながら強行突破しなければならなくなるので、疲れやすい。
体がだるい、重い、動かしにくいというのは、「よけいな力を入れないと、がんばらないと、体が動かない」という状態。体を身軽にするには、通路に座り込む障害物を取り除き、スムーズに流れるようにすればよい。
クセのある動きは、動きやすさと動きにくさが体内に発生して、動きが不自然であることをいう。互いの連携が無理なくまんべんなく行われるのではなくて、働きにくい場所を、働きやすい場所がカバーして無理をしなければならないということである。
働きすぎで衰弱するのと、休みすぎて衰弱する。そうしたアンバランスが体の中に生じる。

ゆっくりと、動く。痛みや緊張や無理を感じない動きを見つけて、ゆっくりと、繰り返す。慣れてきたら、「ここが一番イイ、効く」というところでじっとして動きにタメをつくり、一気に全身の脱力をはかる。
こういう、自力的な運動の動きが、コリを解消します、という仮説が、操体法である。
気持ちのよい動き、最も無理のない動きをする。動かないところを直接に動かすのではない。動くところを動かすことが、動かないところを間接的に無理なく動かすことになる。
そのためには、ゆっくりと。無理なく。心地よい動きだけを、繰り返す。一番ちょうどよいところでタメをつくって、一気に脱力する。
その仮説を体験しに来ていただく場所を用意した。気軽に足を運んでいただけたらと思う。
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放っておいたほうがよいことと放っておかないほうがよいことと
2012/02/26(Sun)
放っておかれて大丈夫なことは放っておけばいい。放っておいて大丈夫な時期には放っておけばいい。放っておけずにいじくるのは、放っておいたらいけないことを放置するのと同じことになる。今の自分は、過去に受けた不適切な手当ての尻ぬぐいをやって過ごしているようなところがある。自分に操体法がなかったら、尻をぬぐうどころか、ぬぐうべき尻があることさえ分からずに、ただ苦しみものごとを恨んで終っていたのかもしれない。

「病気は何がなんでも放っておけば結果はよい」というのがおよそ父の考えで、「病気は何がなんでも病院のウォッチとケアをするほうが結果はよいに決まってる」というのがおよそ母の考えだった。
おぎゃあと生まれたその日から11年のあいだ、私は病院通いの日々が続き、薬のない日はなかった。
主にアレルギーの疾患で、命にも生活にもさして支障なかったことだが、まじめな母は病院にお百度を踏んだ。ちょっとした熱にも大学病院で精密検査を受けるので、「今年は一年分のエックス線照射量に達したため検査不能」とドクターストップがかかったこともあるくらいだ。検査の結果が出るまでの間は「オールマイティの強力な抗生剤を投与する」と言われて期待にワクワクした。元気そのものだったのだから、それ以上元気になりようもなかったのだが。
なんにもならない手術も一度は受けた。
振り返ってみれば、当時の母は家庭の不安に耐えられず、病院にかまってもらうことで解消しようとしていたきらいがある。

操体法の考え方を知って以来、慢性病や内科方面については、もう少し放っておいてもらっていたらどうだったろうと想像する。逆に、整形外科的な方面で、放っておかれなければどうだったかと思われることがある。
子供時代にありがちなこと。足首のねんざ、背骨の打撲、跳び箱から落ちて尻を強打するなどの、いくつかのけがである。病院、治療院、いろんなところに足を運んだが、適切なことはなされず後遺症を引きずっていた。操体法に出会ってなかったら現在もなお、適切なケアができないままだったろう。

それら全てをふくめて「放っておけばよい」という意見も、もちろんあると思う。しかし自分の場合、放っておかれたら明らかに困ったことも多々あった。
自分の歩んできたおよそ半世紀の道のりで得た結論が、どのくらい通用するのかしないのかを知りたいという気持ちもあって、施術や講習を続けている。
操体法の活動は、自分のいつわりのない本心である。
「人間、助け合いだ」と私はお師匠によく言い聞かされてきた。助け合いは自分もきらいではないから、操体法の仕事は助け合って生きるということだと私は解釈している。
その操体法に取り組み始めたのも母であったということを忘れてはならないと今の私は思っている。
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自分の目の前に広がる世界には自分の姿が映りこむ
2012/02/25(Sat)
自分の顔を直接見ようとすれば鼻の先っぽくらいのもの。顔だけじゃない。自分の姿かたちや心だって、全体が見えているわけじゃない。ほんの鼻先ほどのものなんだろう。

自分が変われば世界も変わるという。目に映る世界は、見る人間によってその姿を変える。鏡に写し取られた顔のように、自分の姿かたちや心というものが、自分の目の前に広がる世界に映りこむのである。今の自分にこの世界はどのように見えているか。意識が変われば世界もまた、まるでちがったものが見えてくる。

人助けは自分助け。自分が助けてもらいたいときは特に、助けられる側が助けるほうの側に身を置いてみることで、立場の転換がはかられ、見える世界がちがってくる。
自分の目に映る相手の姿はあくまで虚像。鏡に映った自分自身の姿であり意識である。どうすれば道がひらけてくるか。何がどうなればよいのか。他人のことを考えるのと並行して、自分のことに取り組んでいる。助けることでおのずと道がひらけてこちらが助けられてゆく。そんな場合もある。

「自分の体を強くしたい」とか、「自分の体を治したい」とか、自分自分で積み重ねた先の道は細っていって一人通るのがやっと。しまいには袋小路が待っている。どこまで行こうと自分の鼻の先っぽしか見えてこないこともあって成果が出にくくなるのだろう。
操体法で知ったことはリアルタイムでどんどんと周りに伝えてゆく。一人の体験が二人、三人と広がって、さらにそれからまた伝わって十人にも百人にも広がって、自力療法の輪があちこちにできてくる。互いの姿を映しあう万華鏡ともなれば、助ける・助けられるの区別ももう定かではなくなってゆくだろう。
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「ひょっとして病気かも」という意識が心身の健全にちっともよくない
2012/02/24(Fri)
水に溺れたら「助かりたい!」と思うのは人情だが、大抵は「助かりたい!」という意識が足かせで水に沈む。「勝ちたい!」「助かりたい!」「治りたい!」とことさら意識をすることで筋肉に緊張が伝わり体が動かなくなる。
「でも病気は治すという本人の気持ちが一番だいじですよね?」との質問に、「基本的には水に溺れたときと同じかもですよ」。
「ええ~っ? いや、でも、それはそうじゃないでしょう!」
「本人に助かりたいという意思があればよいのですが」というのがドラマでは決まり文句。
本人の助かりたいという意思に周囲が協力する。それが実を結んで助かるのではないか。
そういう意見も出た。

助かりたいという意思もなくて助かる人もあり、助かりたいという意思が強くても助からない人もある。
助かり方っていうのも人それぞれだ。どこかで話題になる美談ばかりではない。美談になりそうもない話は取り上げられることがない。ドラマチックに仕立て上げる気持ちがはたらくのも人情だが、ドラマと現実とはちがう。

病気のことや体のことを忘れずに過ごすというのは、それだけでストレスだという。ずっと考え続ける・思いつめるということがストレスそのものだからだ。たとえば一日に何度も「わたしは病気なんだ」という意識が流れ込んでくるなどは、心身の健全にちっともよくない。病人であるという自覚を持ち、治療に真面目に取り組む。それがかえって足かせになり水底に向かうということもあるわけだ。

それではもう病気のことはどうでもいいとばかりに、めちゃくちゃやればいいのだろうか。
めちゃくちゃやっているように見えて実のところ、病気のことをスッカリ忘れ去るなどということはなかなかできない相談だ。でたらめな生活を送りつつ、クヨクヨと病気のことを考える。それがふつうなのかもしれない。

病気のことは気にしない。苦にもせずほどほどに生活を楽しむ。それをカンタンに実現する方法をわたしは考える。水中に沈みもせず、必死で泳ぐこともなく、水面に顔だけ浮かせてラクな呼吸をしつつ、リラックスしたまま波間を漂い続ける。
おまえは病気だと人に突つかれながら生きるのは、わたしは御免だし、自分は病人だと自分に言いきかせながら生きるのもわたしはイヤだから、体をいちいち詮議立てするようなことはすまいと思っている。
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もともと地球はゆたかだ。やっきになって過ごしてもしょうがない
2012/02/22(Wed)
金品を自分のところにできるだけ沢山かき集めたいという気持ちは誰もが持つ。しかし地球の豊かさに比べれば、人間のかき集める財など、たかがしれている。

「地球は豊かなところだ」と実感したのは、文無しで大学に合格した際に奨学金がおりたとき。労働と引換えでなく、向学心以外に何の見返りも求められない純粋な金だった。
会ったことも見たこともない人から小切手がじっさいに送られてきても、まだ信じられないという気持ちがした。小切手に添えられた「奨学生の自覚を持って勉学に励め」という文面を読み、「やる気さえ失わなければ一生何でも好きなことをやってゆける!」と強く思った。
おそらくこの世界は、私が成長することを望んでいる。なぜ自分の成長をこの世界は望むのだろうか。
そんなことを考えるにじゅうぶんな刺激だった。

人間の成長の行き着く先には、意図する・しないにかかわらず、「世のため人のため」につながってゆく。だからこそ奨学金制度も成り立つのではないか。そう私は思った。一人が使い尽くして終わりにするのではない。自分が使った先に、自分からあらたにつくり出されるものがある。そうした見込みの「財」もあるのだというようなことを、在学中に小切手を受け取るという繰り返しの中で考えていた。

地上にはモノやカネといった「財」があふれており、それを支えるのは地球のゆたかさである。
人間が生きていられるのも、元をたどればこの地球がゆたかだから、ということにすぎない。
人間にできることは、あくまで分配。ゆたかな地球が戦場になるのは、人間関係のほうに少々の不具合があるというだけのこと。戦争で湯水のように費やされる膨大な物資も兵器もまた、支えているのは元をたどれば地球のゆたかさに他ならない。

やっきになって集める必要など、ないのではないか。
これが自分なりの、世界への信頼というべきものなのかもしれない。
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意図せずに、理想の行動が実現されることが、理想
2012/02/21(Tue)
努力するというのは意図的に行動するということだが、その努力の先にはツッパリも強引さもなく、必要なことが必要なぶんだけおのずと実行されてゆくような、体の動きや行動がある。それがほんとの「ラク」ということではないか。その状態が、操体法の目指すものではなかろうかと思う。

人間の意図したことにはピュアな部分と濁りの部分とが混ざっている。
たとえば「世のため人のために役にたちたい」という思いの中にも、「人からよく思われたい」「自分自身を喜ばせたい」というような下心が隠れていることがある。この下心がツッパリや強引といった無理を生む。
下心があろうとなかろうと、意図的にでも、よい行いを繰り返し続けるのはだいじと思うが、その一方で、自分の心や体から、少しずつ少しずつ、意図的な部分を減らしてゆけたらと思う。
心身の健全を追求すれば、結局はそこに行き着くだろうと思われる。

清らかなものを想像してみる。清らかなものを次から次へとイメージする。川のせせらぎ。緑に吹き渡る風。何でもかまわない。かまわないけれど、自然もまた、清濁あわせ持つ部分がある。自然界には生きものがいて、生存の競争や弱肉強食がある。この世に清濁の両面を持たないものなど、見つからない。この世を超えたところにあるのは何だろうか。神や仏の清らかさは私などには想像もつかないようなものだが、清らかな心と体を神仏が象徴しているのは確かなことである。

透明な清らかさ。決して汚れようのないピュアな心と体を、イメージする。毎日少しずつイメージするだけで、日常の気持ちや行動の中で、清らかということや濁りについての感覚が敏感になるように思われる。
自分の思いの中に、清と濁とが混在しているのが分かってくる。混在してしまうこと自体は人間である限りしかたないが、清と濁とをかぎわける感覚を磨き続けてゆくことは、できそうである。
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時間の経過につれてどんどんと評価が上がって伝わってゆくもの
2012/02/20(Mon)
時間の経過につれて自分の中でどんどん評価が上がってゆくもの。人から人へと伝わり広がるうちにも、どんどんと評価が上がってゆくもの。
同じ身につけるのなら五年後十年後に振り返ってみて「ああここに来てよかった。これを知って救われた。もしここに来て知ることがなければ自分の人生どうなっていたことか!」と心の底から思ってもらえるようなものを、と思う。
操体法を続けるうちに、自分だけでなく家族や知人の間でも、どうやら自分たちは当たりくじを手にしたようだという手応えを日々感じる。確信を日々更新し、延長してゆくうちに、丸二十年が過ぎたのである。
師匠は、「自分もやって、他人にもやってもらって、三十年まちがいがない」。橋本敬三先生は五十年単位で「これでまちがいない」。それらを足し合わせると百年分ともなる。

当たりくじにも三億円のもあれば数千円のものまである。各人の手にした当たりくじがどのていどのものであるのかは、各人の取り組みしだい。バラバラである。
今の自分自身には三億円をはるかに超え、金銭価値というよりむしろ自分の人生そのもの命そのものと大差ないくらいである。しかしいきなり人生の、命のということではなく、最初のうちは数千円のお買い物のつもり。その後、いったんゼロ円にまで落ち込んで、もうやめようかと迷う時期もあり、心がスッカリ離れてフラフラしていた。しかし人生そう甘くはないし、自分の周囲にも助けの必要な人が少なくなかった。「困った!」というとき戻っていく場所が操体法になっていった。

そうこうするうち数年ほども経過して、身のまわりの操体法の人を何とはなしに眺めるうちに、操体法でとてつもなく大きなものを手にしてほくほくしている人もいると気づくのである。
「なんで自分はこれっぽっちなの? 」。
何とか自分もあやかりたい一心で話を聞くと、たいていは自分よりもよく知っている。もしくは自分よりも厚い信頼を操体法に寄せている。要するに理解が深い。
「一体なにをどうすれば、そんなふうになれるものなんですか? 」なりふりかまわず尋ねる一方で、「きっと何か特別な方法があるに違いない」と勘ぐって、ありえない王道を自分であれこれ想像したりもするのである。
「あの人はああいう条件持つ特別な人だから成功するのも当然。自分は条件がないから成功しない」とか何とか言い訳をしてみるけれども、それじゃどうにも腹の虫がおさまらないものだから、意地汚くしがみついている。

現在もその延長だろうなと思う。「自分とあの人と、どこがどうちがうか? 」
自分と人とをくらべるのは悪いとかいうことも聞くけれど、自分はくらべることで周囲から手本を見つけて、自分の刺激に大いになっているから、むしろ有難いものだと思う。どの人も、生き抜いてきたのである。武器となる長所を持っている。ほとんど全ての人に長所を見出し、手本を見出しながら操体法を学びあう。自分にとって操体法は、人生の学校である。
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人間の想定した「正常」で築かれたバベルの塔のような検査の世界
2012/02/19(Sun)
首肩腰、ひざが、つらいというのは本人の感覚の訴えだけど、さあここに出してみんなに見せろと言われても困る。
骨が折れたのは目に見えるが、痛むのは折れた骨そのものではない。まひした足は何も感じないだろう。症状を伝えるのは神経のはたらきによる。
「むちうち」ともなると原因は「筋肉のこわばりだ」という。こわばりは目に見えない。どんなこわばりが、どのような症状と結びついているのか。専門のお医者によると、まったく分からないそうである。
日常にありふれた、ささいなもののように見えることも、この人類の長い歴史の中で解明されていない。ということは、「解明された」「解決済み」とされることの中味はほんとうにだいじょうぶなのだろうか。

いろんな「つらい、苦しい」があると、検査でいじめの犯人さがしをするのである。検査で固定された「正常」をはみ出す現象が探せばいろいろと見つかるので、「いましたよ。これが犯人です」と言われる。
日本の検挙率と有罪判決率は世界一を誇る。検査の世界も同様かと思いきや、たくさんの検査をとっかえひっかえ繰り返し、たくさんの犯人があげられても一向によくならないというケースが少なくない。
えん罪事件が世間でとりざたされるたびに、思う。
検査の世界にえん罪はないのか。犯人にされたものたちは、本当に犯人だったのか。
症状と、検査結果とを結びつける。それは有益なことなのだろうか。

昏睡状態の人をたくさん検査してみたら犯人がいなかった。意識を失った人が正常・健康体とされる場合も少なくないのが検査の世界ということになる。
元気で健康な人を検査してみたら、犯罪はないのに、犯人が先にあげられる。
「こいつはこの先、刃物を持った殺人犯になります」という。
未遂犯を死刑にすることも、検査の世界では許される。
しかし、同じものを「人畜無害。それどころか善良ですよ」と判断する意見もある。
これが長期にわたって繰り返されている「がん論争」である。

ものごとには二つの面があって、検査の世界で固定された「正常」は、生きものの世界ではちっとも正常ではないという専門家の意見もある。「正常」を、いつ誰が、どのように固定したのか。そのいきさつを、知っているか。知らないまま、「正常」は正常だと思いこんではいないかというのである。
生きるということは、変化の絶えない状況に対応するという行為である。
あらゆる状況に対応する生命活動を、検査で固定するということそのものに、まったく問題はないのだろうか。

近現代的検査のなかったはるか昔から、経験と実績を積み重ねて各地で発達していった伝統医学と。人間が想定し決定した「正常」で築かれた、バベルの塔のような検査の世界と。
その二つのあいだには、目もくらむようなギャップがある。
その二つを「融合する」とか、「互いに補い合う」などという意見をよく耳にする。
たくさんの耳に心地よい意見なのかもしれないが、そのような意見を述べている当のご本人たちが、ほんとうに心からそう思っているとは限らない。どうやらそれが実際のことのようである。
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突き抜ける青い空に向かって希望という名のボールを思いきり投げてみる
2012/02/16(Thu)
生きていれば誰にだって未来がある。未来なき生は、生きるに値するとも思えない。飛べるうちは飛ぶ。飛べるところまで飛ぶ。飛べるところがどこまでか、それは自分で決める。年齢が決めるのでもないし、条件が決めるのでもない。

年を取ったらできなくなるとか死んだらできなくなるとか、そういうことで夢や希望を制限する生き方はしたくない。「高齢者とは何歳からか」。学校の試験にそういう問題が出てくる。乳児期、幼児期、青年期などと、年齢によるギロチン方式だ。
言葉を話し始めるのは何歳、立って歩くようになるのは何歳で、自意識を持つようになるのは何歳。学校にあがるのも卒業するのも年齢で、会社に入るのも追い出されるのも、年齢。
そのうえ高齢化だの高齢社会だのと、日常でいとも安易に年齢というギロチンで切られ続ける私たちの人生である。

人間の、生きものとしての成長や、人としての成長を、年齢で分けるのが学校教育の指導の背景にある。この年齢思想で小学校から高校まで十二年もやられたら、年齢で生きていく生き方が染みつくのも当たり前といえば当たり前。
中学を卒業したあと十年経って私は大学に入った。卒業後は高校中退や編入を中心として高卒認定や高卒資格の指導にあたることが長かったから、「年齢に乗り遅れる」という恐怖に日本人がどれだけ支配されているか、「年齢が遅れる」ことでどれだけ冷たい仕打ちが待つ社会なのかを、身をもって考えさせられてきた。
「年齢なんかバカバカしい限り」と日々、何度も何度も受け流す。それでも足りなくなって、ブログにまで書いている。

若い人に「将来どうしたいか。どうなりたいか」とたずねると、思いきり高くボールを投げてよこしてくる。どこまで、どう跳ねてゆきたいか。どこまで飛んでゆきたいか。その思いをたずねる質問と受け取られるようだ。
同じことを年をとった人にたずねてみると、ターミナルの話にしかならない。もうここまで来た、もう遠くまで来たということか、「食べるにも寝るにも困らず、痛くもかゆくもない日が続くこと。このままの生活でこのままの自分自身がいい」。
自己完成した人の、達観した答えなのかもしれないが、完成をしたくない、達観なんかしたくもない、むしろいつまでも未熟であり続けるというのがむしろ自分の願いなのかもしれないと思う。

若いころは多少の差はあれ、誰だって夢や希望を天まで届けとばかりに力いっぱい放り投げようとする。
それが若さというものなのだ。無理に若づくりする気は毛頭ないが、元気だけは失わない。青い空には限りがない。果てしなく広がる青空の向こうを、いつまでも見つめていよう。何の遠慮も手加減もなく、夢や希望を天に向かって放り投げる。何回だって放り投げてやろうと思う。
すべては操体法から教わってきた。操体法を長く実行するうちに、こんな気持ちがおのずと湧くようになってきた。
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分からないという答えだって、きちんと機能するものだ
2012/02/15(Wed)
顔は笑っているが、中では腹を立てている。見かけで中味は分からない。
潜在意識なんていうものは、当人さえ気づかないようなことが中味のほうではむしろさかんに起こっていて、当人の意識よりも影響力を持つという。そこまでいかずとも、周囲の人には見え見えのことが本人だけにはさっぱり気づかれていない。指摘されて初めて気づいたり、「私はそんなじゃない」と反発されたり。
自分では案外しっかりしているなどと思っているが、ふだんからこれほどまでにウッカリと過ごしている。分からないことだらけなのを分かっているという前提で生きている。

「死んで何もかもが終わりかどうか。それは分からないよ」と疑問を投げてくださった方がいる。
それまで自分は①死んだら全てが終わり。今の人生しか考えなくてよい。②前世も後世もある。死んだあとも生きるということ。その二つの考えのどちらかしかないのだと思っていた。そして迷わず、「こっちでしょ」と①を選んで生きていた。
生きたものが死にかけていたり、死んでしまったものを見ていると、どう見たってジ・エンド。そんなのは何も知らない子供にだって分かる。しかし何も分からない子供の見方・考え方のままで、じゅうぶんなのだろうか。まだ何も分からない子供の感じ方・考え方のままで、じゅうぶんに生きられるだろうかとも思う。

ブッダのように輪廻転生という前提で生きることはできそうにないが、かといって前世も後世も全くないという前提を押し通すこともできそうにない。というか、じっさいのところ結論の出しようがないわけである。
「分からない」というのが正解としか言いようがない。これは小さいころから学校の丸バツ式教育をたたきこまれてきた私にとって、意外な結論ではある。
しかし「あとがあるかもしれない」と保留して考えるようになってから、いい加減には生きられないぞという意欲がわくように思う。ヘンな言い方になるが、死んだあとの人生を考えると、今の人生がどうなろうとも最後の最後までとことん生き通そうという気持ちになってくるのである。
「分からない」という答えも、案外うまく機能するものだと思う。

今の自分が前世の自分になったときのことを考えてみると、今の社会の現状、今の自分の置かれた立場に限定せずに、ものごとを見たり考えたりさせられることにもなる。
何の役にも立たず、無駄なようにも思われるが、目先だけでものごとを決めつけることから少し解放されるように思う。遠い昔の人々のことが、後世に何度も吟味され再評価されるのと同じようなもので、今の自分を故人にしてみたときに、自分の姿が自分の目にどう映るのかを考える。そういう作業に取り組むことで、生き方の姿勢までが変わってくるように思われてならない。

輪廻転生というのは、今の自分の生き方によって次の自分の生き方も決まるという思想である。全てにケリをつけるのは解脱だけ。死はそれほどまでに決定権を持たされていない。次の生を決める規準は、今の社会や文化の持つ価値基準と必ずしも一致しない。なにせ時代や文化に制約を受けない視点なのだから。
次の自分の生き方は、いまだ決定されていない。決定するのはこれからの自分の歩みだけ。死んでみるまで分からない。
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旅に出て旅から戻る。あらたな日常の回復が始まる。
2012/02/14(Tue)
どんなにダメな日常でも、どんなに改善したいと望んでも、慣れた日常からこの身を引きはがされるのは何よりもつらい。生活の改善に痛みがともなうのも当然である。

出不精で旅が嫌い。公共の交通機関が苦手。そんな自分が県外の山歩きに出かけることを三年ほど続けた時期がある。
旅だちを決心した瞬間から出かけるまでのあいだ、ゆううつで苦痛で後悔ばかり。旅はしがみつきが重症になるほど苦痛をともなう。フジツボやイソギンチャクが岩から引きはがされるように、くずれたり傷ついたりもする。苦痛なのはむしろ当たり前。それを自分の手でやろうというのだから大変である。
やめたければやめればいい。しかし実際に取りやめたことは数えるほどもない。

自分を変えたい、少しずつよくしていきたいとどんなに望んでも、ダメな自分のことをダメなところまで全てにこだわりを持ち、しがみついている。
旅を体験するごとに、そのことを思い知る。
旅好きの人で、気楽に旅をしているように見えても実はそうでないことも少なくない。
「出かける前には何もかもきちんと整理する。人が立ち入るような事態のときに備える」。
そういう話をうかがうこともある。
現地に到着できるのか。自分の部屋にまた戻ってこれるのか。
ぜったいの保証はどこにもない。

旅がきらいな私でも、旅慣れることはできる。
以前ほど出かけることはなくなったが、それでも年に何度かは出かけて宿泊する。
出かけると決まった途端に後悔とゆううつとが襲ってくる。難儀である。しかし手はずは整ってゆく。出発の三日前には出かける準備と部屋の片づけが始まる。出発の前夜には寝ないことも多い。「もしも」の時のことがきちんとできるまで寝ることはしない。
出かける前には飯を炊き、持ってゆく。旅では空腹を感じないので持参分で二、三日は過ごせる。
不安のピークは出かける数時間まえ。しかし出かけた瞬間から不安はぴたりおさまる。
後ろのことは全て終わらせた。もう前だけ見ていればいいのであるから気楽なことこのうえない。このまま帰らなくてもいいぞというくらいの勢い。

旅では体がよく動く。計画にこだわりもしないが、気づけばほぼ計画どおりに動いている。計画をなぞって実行するのではない。予想が案外はずれていなかった場合は、旅の現場で無理のない選択をするたびに、計画の流れにほぼ一致してゆくものである。
そのうち想定外も混じってくる。だんだんどうでもよくなってくる。部屋に帰りつけそうならば、あとは何が起きても構わないというように、妙に大胆になってくる。刺激に反応する自分と出会う。それも旅のおもしろさだ。

旅から日常に戻り、しばらくすると、フジツボだかイソギンチャクだかが、元の場所からちょっとだけ離れた、新しい岩場を見つけて傷口を再生しつつ、根をおろしていく。散らかり放題だった日常生活も秩序が取り戻されている。改変もスムーズに受け入れられ、組み込まれてゆく。
元の木阿弥に戻ることも多いが、旅と日常とのあいだを行き来することの中から改善されることも多い。旅には体力的、経済的負担がかならずともなうから少々の傷は避けられない。旅から戻るというのは、あらたな日常、あらたな再生の始まりであり、回復への道のりでもある。
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なにごとも甘く見ないで全力で取組むだけの価値を見出す
2012/02/10(Fri)
左のてんびん皿に薬。右のてんびん皿には心と体がのっけてある。どちらに傾いているにせよ、はかりの針はまずまずの安定をみせている。
服用してきた薬を減らしたい。薬の助けをかりずに自立したいという人は少なくないが、一方の皿にのっていたものを動かすのだから、針は多少揺れることもあるだろう。新しいつりあいを見つけるまで、しばらくの時間を要するかもしれない。

なにをやるにしても甘く見ないで、自分の持てる力を出し切って事にあたる。
薬を飲むことも甘く見ない。ほんとにそれでよいのか。それ以外の選択肢はないのか。かぜ薬一つでも甘く見ない。
薬を減らしたりやめたりするのも、甘く見ない。飲むことを甘く見ると、やめるときもずさんなやめ方で失敗することもあるかもしれない。

二十年以上にわたり失敗を繰り返す身内がいる。薬をただ単純にはずしては失敗している。失敗しても、また同じやり方で同じ失敗をして、そうやって二十年以上を過ごしてきた。
必ずしも病気が重いから薬を離れるのもむずかしいとか、病気が軽いから離れるのもやさしいとかいうことでもないようだ。比較的短期で成功する人もいれば、ズルズルともつれる人もいる。
もつれにもつれる自分の身内に限っていえば、①てんびん秤の針がふらつくような人生のあり方を、もともと嫌っている。②周囲の助けを呼び込むよりは、自分一人でかかえこむ。③腰をすえて徹底するということをしない、気分屋である。
逆にいうと、うまくいった知人たちの共通点には、①楽観的で、目盛りが多少ふらつくのも人生の一部として受け入れる。②周囲の助けをじょうずに呼びこむ。③試行錯誤しながら工夫を重ねてゆくことを楽しむ、といったことが見受けられるように思う。

楽観的、開放的で、現実から目をそむけず、事にあたる勇気と実行力がある。これは何をするにも成功のカギといえるかもしれない。薬から自立できるかできないか、結果にこだわるよりもむしろ、この課題をきっかけに、自分が何を得られるかということのほうが大切なのかもしれない。何ごとにも智恵をしぼり、全力でチャレンジするだけの価値を見出すことは、きっとできると思う。
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痛みを味方につけて、トンネルから脱出する-圧痛点の意味-
2012/02/09(Thu)
体が苦しい。心が苦しい。その真っ暗闇のトンネルから抜け出したい。暗闇を手探りする指先が、ロープに触れる。それが痛みだ。出口への道しるべとなる痛み。それが圧痛点だが、とかく痛みは嫌われ者でろくな待遇を受けていない。
「痛み」とよくよくつきあってみると、いろんな顔つきをしている。顔つきが分かるようになると、どれをどう味方につければよいかが次第に分かってくる。
「体じゅう痛いところだらけだよ、みんなが知らないだけ」。
ツボを押されて「そんな所が痛いだなんて」と不審がる私は笑い飛ばされた。「痛いのがイヤだから調整に通っているのに、痛いところだらけだなんて、ゆるせない」とも思った。
「痛みと友だちになるんだよ」。そうも言われた。

もう遠い昔の話だ。英語のフレンドには友人と味方、二つの意味があるというが、痛みは今の私にとって友というよりむしろ心強い味方である。
暗闇の中、ロープをたよりに進んでゆくと、たくさんのロープが枝分かれしていたり、途切れたりしている。これらのロープの中から一番確実で効率もよく、一番よい出口に出られるものを選ぶ。それには少々経験も必要になるかもしれない。やっかいに思われることもあるかもしれない。しかし間違いなく導いてくれるものがあるということがたいへん有難い。
それほどまでに大事なものが誤解され、殺痛剤(鎮痛剤)をかけられたり退治するべき対象となったりしている。痛みは自分自身の体からの警告であるとともに、救いへと導いてくれる。そのやり方が、操体法には示されているといえる。
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どこへでも、どこまででも飛んでゆける自在なこころとからだ
2012/02/08(Wed)
心身のフットワークを軽くしておきたい。向こうからとんでくるパンチを軽くいなし、こうとくればああ、ああとくればこう、と臨機応変でありさえすれば何が起きたってよゆうなのだ。

思い通りにならないことに対して腹が立ちやすい。自分の想定したとおりでないと困るのである。想定外のことに立ち往生し、身動きがとれない。がんじがらめのパニックの中で実に苦しい思いをする。
それがかんしゃくとなって飛び出したり、意気消沈したりする。
いつも気分よく過ごすというわけにもいかなくなる。

かんしゃく玉を爆発させてばかりの子供時代だった。ものぐさで、ピンシャン動けない。何をやるにも苦痛が伴い、何もやらないでいても苦痛が伴う。
融通のきかない、怠惰なものが自分の中に巣くっていることはうすうす気づいていた。
わがままな体にわがままな心。それを自分でいついかようにも処する法を身につける。いつしかそれが自分の求めるテーマの一つとなっていた。

「我が儘=我がそのまま、自分がそのまま」ということは、「自分ありのまま・意のまま・自由自在」。だったらそれもけっこうじゃないかと思っていたが、実際のわがままには、本人が持て余すほどの「ゆうづうのきかなさ」という性質がある。
わがままの「我」は、「我を張る」というときの「我(が)」。これにとらわれれば自由自在どころか、あっという間に身動きとれなくなる。
しかし自分が望むのは心身のフットワークの軽さ。
操体法を通じて心と体のクセをとる。
身も心もできるだけ軽やかでありたいと思うのである。

「今年こそ手に入れる/なりたいカラダ」。
街頭でもらったチラシの、そんなキャッチコピーを眺めるうちに、ふとそんなことを思い浮かべた次第。
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黒幕さえやっつければみんな大人しくなってしまう
2012/02/07(Tue)
心臓。肝臓。血圧。甲状腺。問題は限定されがちだけど、限定すれば解決から遠ざかることもある。新たな問題が次々と出てくる危険性もなくならない。
わるいところはどこ? たくさんのチンピラを相手にしていてはキリがない。黒幕は、どこにいる。

「腰が硬い。首が硬い。それがどうした」。
首や腰が硬いのが、どれだけ恐いか知らないから…。べつに恐がる必要もないが、首肩腰、これらの黒幕を無視する限り、いろんな問題につきまとわれてもしょうがない。多少からだを触りなれた人ならそんなケースめずらしくも何ともないだろう。
首肩腰とカンタンにいうが、首とは頚椎の並び。腰というのは英語でバック、背中側で胸椎と腰椎の並びとその周辺である。肩とは首や肩甲骨にまつわるもの。肋骨とも密につながっている。

頚椎損傷といえば、だれもが重症のイメージを持つ。体が不自由になることくらい、分かるだろう。神経が損傷されるからだ。同じように、背骨のどこを損傷しても程度の差こそあれ、全身いたるところの機能がそこなわれる。
損傷とまではいかないまでも、周辺の筋肉が硬くなれば内臓機能も含む運動機能全般に何らかの異常が発生しても不思議はない。

検査で調べたところだけを限定していじって、限定された薬に期待をかけて、治るのを待ったままどれだけ首が長くなったかと思われるようなケースも少なくない。
治りの悪い人は首肩腰がまちがいなく硬い。体の硬い人にたずねてみれば、心臓だの肝臓だの血圧、甲状腺といった、ありとあらゆる返事がかえってくる。黒幕の息のかかったチンピラを相手にし続けて、お財布も根気もくたびれているが、チンピラの糸を引く黒幕が、すずしい顔をして居座っているのには気づかない。

黒幕だから、しぶといこともあるけれど、チンピラの数が減ってくると、黒幕とチンピラの関係が少しずつのみこめてくる。のみこめてくると正体が分かるから恐くはなくなる。少々のチンピラが出てきても、「あ、こうすればいいのだな」と黒幕のほうをコントロールしてやる。そういうことを生活の中に取り込むうちに、黒幕もチンピラもめっきりご無沙汰になって、顔を思い出すこともなくなるだろう。
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組織の中をいくらかきわけても「病気」なんかどこにもない。
2012/02/06(Mon)
意識と想像で自分の体の中を探検してみる。そこにあるのは生命の営みだけ。どれが「病気」で、どれが「痛み」で「苦しみ」なのか。そういうのは探してみても、どこにも見あたらない。
病気も痛みも苦しみも、もともとは人間が勝手に特定し、勝手に名付けたもの。そういうことで人はしょっちゅう悩んだりもがいたりして過ごしている。
「ふうん、そういうことかもしれないよなあ」という気持ちで、自分の呼吸に集中する。
体に空気の流れがすうっと入りこんできたり、もやもやと出てゆくのを、人ごとのように追っている。
そういう時間を、毎日持つようにしている。

部屋の中に座っている自分には、この部屋が自分の世界であり宇宙である。
この自分の世界を、この建物全体、この町、この都市全体へと少しずつ拡大してみる。座っている自分を中心に、どんどんと遠ざかってゆく感じ。
この都市の中で、正座して座っている自分は、いるのだけれど、もう見えない。見えないけれど、確かにいる。
さらにどんどん遠ざかると、目の前には九州ぜんたいが、日本ぜんたいが広がってゆく。そして地球、そして太陽系、銀河系サイズへ。銀河系のような星雲が何千も何十万も浮かんだ宇宙のサイズの世界へ。そしてそれを眺める、目に見えない自分。

自分の呼吸を、体に出入りする空気の様子を感覚で追いつつ、自分の外の世界をズームで拡大したり縮小したりするようなことをやっている。

次は、自分のサイズ、等身大の世界から、ミクロの世界に入り込む。自分の体の内部へと入り込み、自分を内側から眺めてみる。
そこに何が見えるか。
全身を縦横にかけめぐる網目の道筋が見える。真中のくぼんだ、やわらかな赤血球が、渋滞しながら走ってゆく車のように、血管の中を押しくらまんじゅうしながらずいぶん忙しく通り過ぎてゆく。いつまでもいつまでも血管の網目をぞろぞろと。流れ星のようにツイツイと流れてやまない電気の流れが神経線維を走ってゆく。
この、どこが「病気」だろうか。どれが「痛み」で、どれが「苦しみ」なのだろう。
生命の営みだけが、そこにある。病気とか痛みとか苦しみとか、人は自分で勝手に名付けたものに、必要以上にとらわれてはいないか。「そういうことなのかなあ」という気持ちで、空気の流れが出たり入ったりを繰り返す、体の営みのありさまを、人ごとのように追っている。
そういう時間を、毎日持つようにしている。
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自分の体に近いものを食べるのが理想だとしたら。
2012/02/04(Sat)
草食動物は草を食べてしっかりした筋肉と骨をつくる。走る速度も持久力も肉食動物を圧倒的に上回る。ゴリラやゾウの、あんなにでかくて立派な体は草食でつくられている。牛だって干草食べてビーフになる。生きものの食生活の事実はそんなようなものだ。

「必要なものは体でつくられる。体の成分のことをいちいち考えて食べるのはムダなこと」とは、ある生物学者の言。
美肌や関節痛にコラーゲン、グルコサミンと何度も聞かされる日常だから、コラーゲンもグルコサミンも食べたくなる。食べればお肌もぴかっと輝いて見え、関節の調子もよくなったように思えるし。
人情であって、科学ではない。科学なんかどうだっていいと開き直り、割り切っている話と思われるが、本気も少しばかり混じっているのかもしれない。
コラーゲン。グルコサミン。胃液でとかされ、吸収される時にはコラーゲンでもグルコサミンでもない。「いったん全部消化されちゃうんだから何を食べたって同じです」。
でもね…そうなると。
「筋肉はたんぱく質だから、成長期は体のもとである肉を食べろ」という発想は、どうなのか。

髪の毛を食べればたくさん髪の毛が生えてくるという発想?? 人間の脳みそを食べると自分の脳みそ成分が増えて、頭がよくなるという発想?? 
肌の成分を肌に塗りこんだり食べたりというのを延長してゆくと、そうなる。
「その思考でゆくと、さいごは共食いになるんだよ」。そう話してくれた人もいた。
理想の食生活は、共食い?? 

日本人の肉食というのは、明治期でも一般に普及していなかった。日本人は昔から雑穀や米、そして野菜を食べ、飛脚なんか日本中を走り回り、昔のみこしは、今の人には持ち上げられないくらいの重さのものが、山道を駆け上がったりもしていた。
昔の日本の食事情と体力。それと今の日本人の食事情と体力。二つを見比べてみて、現代の栄養学はどうか。どうなのか。

人間の体の成分をしらべて、それに近いもの、同じもの、というのだったら、わざわざ体の成分しらべるまでもない。自分のからだに一番近いものを食べるのが理想なら、人間は人間を食べるのがベストということになっちゃう。
体のためにあれとこれを食べましょうといちいち考えて、一口食べるごとに、おクスリの効能書きのようなことを並べ立てなきゃ気が済まない。それでいて旬の食材のことなんかが分からなくなっていっているような。
不自然な話だとつくづく思う。
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