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元気の推進力。夢と希望。夢を語り合う仲間。
2012/01/28(Sat)
念ずれば通ず、という。念がじゅうぶんに強くなり、現象にまでしてみせると「念が通じた」ということになる。夢は夢見る人の心の強さをあらわしているともいえるだろう。
現象になるまでは「念なんか、どこにもないじゃないか」と言われてもしょうがない。
弱い念はろうそくの炎よりも頼りなく、いつ消えるか分かったものではない。けれども訓練しだいでそれは鉄のように強くもなる。強い念は、現象として必ずあらわれてくる。

酒づくりをする杜氏たちは「みそぎ」をする。
二回続けて失敗すると蔵はつぶれる。一回一回が勝負と生活を引きしめ、決意と覚悟をかためる。直観が磨かれながら行動にうつされる。
杜氏たちは酒をつくるのではない。自分たちの本気や覚悟を、酒というものであらわしている。そう私は思う。

夢は、しんきろう。
夢や希望というのは目に見えない。ふっとあらわれてはたちまち風に流され消えてゆく。
しかし、そうでない夢もある。
操体法と、体にいい食べものと、いなか暮らしと。自分の人生の集大成として、何か現象を起こせそうな感じもある。もう少し本気で生きてみてはどうか。夢と希望に向かって、さらに一歩進めてみようかと思う。
条件は、そろっている。足りないのは「心」だけ。それ以上でもない。それ以下でもない。
いま、朝と夜に自分なりの「みそぎ」のようなことをやっている。自分でそう決めたから必ず実行し、数息観でしめくくる。そんなことをやるうちにアイデアが浮かぶ。
心の中ではとんとん拍子に進む。やり方はたくさんある。

人は、自分が何を求めているのか、知らないものだ。
「どうなりたいの?」とたずねられて具体的に説明するのは思ったほどカンタンじゃない。何が自分にとって幸せで、何が自分にとって不幸なのか、それもあいまいなものだろう。
日常で自分の決めた小さな選択さえ実行できないのなら、大きな選択にはムリがある。ムリをすると不幸な結末を見るのは当然だ。
ムリと忍耐とは違う。忍耐は人の心身をきたえるが、ムリは人を衰弱させる。
何がムリで、何が忍耐か。こんなカンタンなことも、案外わかっていないのではないか。

毎日、心が夢に向かっているというのは、それだけでとても幸せで、元気が出る。さらに、夢を語り合える人がいてくれたら、鬼に金棒だ。
夢は、夢というかたちにもならない思いつきと比べれば現実的で、実現可能である。
実現するのが分かっていれば、騒いだりあわてたりする必要もない。
幸せで元気が出てくると、現象になって実現する。想念が実現するということと、幸せであるのとは、二人三脚で進んでいく。楽観的にすぎるだろうか。
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