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痛みを感じないほどに固まった組織が息を吹き返すとき
2011/08/02(Tue)
「痛い」と感じるほうがまだしも。痛くも何ともなくなったというのは怖い感じがする。
痛みは警報だ。赤信号だ。そうやって体が教えてくれるのだから、ありがたいことだ。

固まったところをゆるめてゆくと、ご本人も「ああラクになった」。
「ラクになった」を繰り返してゆくと、「最近ずいぶんラクになりましたよ」と明るい声で報告もしてくださる。「じゃあそろそろだな」と私は思う。
痛みを感じると「急にわるくなった」と心配するのも人情だが、どこもわるくなっちゃいない。むしろその逆。今までずっとわるかったのに感じなかっただけ。

「こんなに硬いのに痛くないですか?」問うと、首を振る。
「硬いなあっていう感じはします。押されてるっていう感じもあるけど。なんか、そこはにぶくなってて、なんにもわからない感じもします」。
指がぜんぜん入っていかない。触れた手がはじき返される感じ。岩のようだ。硬くなって固まって時間の経過した組織は、多かれ少なかれ感覚が失われてしまっている。血流も慢性的によくないのだろう。
こういうのを、「痛みを感じる時期を通り越してしまっている」などと言う人も、ある。

講習生どうし、みんなでお互い筋肉の硬さや動きなどの確認をするわけである。
体中がバンバン音をたてるかというほど硬く張っていたのが、本来のふわっとした体のやわらかさを取り戻してきて、よかったねえなどと話し合ううちに、本人に痛みが感じられてくるのである。
ふだんから説明はしている。何度も説明はするけれども、仮死状態だった組織が復活してきて、正常に「痛み」を感じ始めると、驚いて連絡があったりもする。
「ここも、痛い。あそこも、痛い。病院にも行ったけど、分からないし、治らない」。

「だから以前からご説明しているとおり」なんて言ってもムダである。これまでは痛くなかった。痛いと感じられた途端にわるくなったと心配する。「痛くなかったほうが異常だった」とは考えない。これが人情というものなのだろう。
硬いまま放っておかれた期間が長ければ長いほど痛みもしつこい傾向のようだから、早く自分でも取り組んでゆるめるようにと口を酸っぱくして言っている。しかし人間そうそう聞き分けのよいものではない。自分でもとっくに経験済みだ。

「おめでとうございます。ついにやりましたね。さあこれからどんどん痛くなりますよ」と笑顔で言う私を、横目でうらめしそうに見られる。
痛みがあるのは、ありがたいのである。痛みが正常に感じられるようになるまでが一苦労で、手間も時間もかかるというのに、痛みを取り戻したありがたさが分からないとなれば残念至極。
痛みがあればまじめに取り組みもする。痛みは警報だ。痛みは赤信号だ。それを放っていては、また元のもくあみ。

痛みがあるときに実験することがある。
食べる量を増やすと、痛みはどうなるか。食べる量を少なくすると、どうか。せっかくなので試してみてほしい。痛みのメカニズムは不明な点が多いが、「未消化物が万病のもと」という考えは、この生活実験の結果と一致する。「未消化物は痛みのもと」というわけである。

「食べる」か、それとも「痛い思いをする」か、自分でどちらか一方を選べる。どちらか一方しか選べない、ともいえる。
早く痛みから逃れたければ、「ゆるめる」と「食べない」という二つのやり方がある。
やり方はあるが、何を、どうやるか・やらないかは、自分が決めるしかない。ここは正念場である。
どっちを選んでも事実の確認および人生勉強になる。これもまた、ありがたいことと受け取りたい。


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