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深海魚のままではいたくない。それが来年の目標です。
2010/12/28(Tue)
自分が深い水の底にいて、何トンもの水の圧力に抑えつけられて暮らしていることを、深海魚は知っているだろうか。テレビなどで深海魚の姿を目にするたびに、そんなようなことを思う。一斗缶をあっという間につぶしてしまうほどの水の重さのもとで、あたりまえの顔をして泳ぐ深海魚も、圧力からすっかり解き放たれた世界を想像することがあるのだろうか。たとえ頭の片隅に、そんな妙な想像がよぎったとしても、「どうせどこだっておなじことなんだ、きっと」などと結論して、それ以上のことは考えないものなのかもしれない。

体の中に抱える幾多ものコリが、どんなに自分の生活や人生のあり方を圧迫するかということにはなかなか気づかないものだと思う。ムチウチの症状にも慣れてきたころ、体の調整をしてもらうたびに、自分の頭上の青い空が、ずっと遠くの高みへと突き抜ける感じがしたものだ。体がすかっと軽くなると、それまで自分の心身を踏みつけにしていた、目に見えない重しの存在に気づかされ、そんなこともわからなくなってしまう自分の感覚の狂いを、ほんとうに恐ろしいと思った。
ムチウチのおかげで、鍛われた。自分の体にひそむコリのありかを掘り当てては取り除くという作業に日々いそしむようになった。「何とはなしに具合がわるい」「何となく全身が重い」「だるい」「つらい」というだけでは、目に見えない幽霊のような相手をどうしてよいのか、わからない。しかし、具合のよくないときに探ってみると、あるある。筋肉が固い。指で押すと痛いところには、いろんな大きさのコリがある。これが幽霊の正体なのである。動きが改善されれば圧痛は減り、コリも小さくなっている。筋肉はほぐれて柔らかくなり、動きは軽い、体も軽い。体が軽いと気持ちも軽い。気分がすぐれないとき、だるかったりつらかったりするときは、教わったポイントを探っては掘り当てる。そして取り除く。その繰り返しをバカみたいにやっている。

「あれっ、体が軽いですよ?」体の調整がすむと、目を丸くされる。深海魚が地上に引きあげられて目を回している姿が思い浮かぶ。深海魚は地上では生きていけないから、しばし身の軽さを楽しんだあとは再び元の世界へと戻っていく。そうやって何度も何度も体の軽さと自由を体験しているうちに、身軽なほうが当たり前になってくる。重しのない、軽くほがらかな世界の住人になる日が来るのも時間の問題。進む方向さえ間違っていなければ、コリという手かせ足かせから解き放たれる日はきっとやってくる。すっかり全部とまではいかなくとも、うれしい驚きに足りるくらいの身軽さは、もともと誰にでも備わっているものなのだ。
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機能回復とは過去の自分を目指すことなのか
2010/12/26(Sun)
なんにもないゼロからのスタートの、なんとすがすがしいことだろう。過去の栄光というものに無縁で、失うものが何もない。もともと体が弱く、苦労もあった人が操体法を体験すると感動が大きい。もともと頑丈で激しい運動も平気だったのが、故障や症状をかかえてできなくなったという人は抱え込んでいる不満のほうが大きい。前者は「ダメでもともと」という潔さがある。後者は要求が高く、慢性的な欲求不満がくすぶっている。

学習指導の現場でも似たようなことが見られた。もともと成績がよくなかった人は、適切な指導のもとで自分にも勉強ができるとわかると嬉々として励むようになる。ところが小さい頃によく勉強し、「できるのが当たり前」という人が、ブランクの後に勉強を再開するとなると厄介だ。以前の自分と比べ、今の自分のダメさ加減に我慢できない。少々できるようになっても「過去の自分ならもっとできていた」というわけで、喜びはない。客観的には、以前「できていた」人のほうが有利そうに見える。もともと勉強できなかったというほうは、どこまでやれるか未知数だ。以前できていた人のほうは、以前身についていたことを思い出すだけ。新たに獲得するよりラクっぽい。

腕一本が自由に動かせ、思い通りに使える。
これをあたりまえで何とも思わないか、それともすごいと感動できるか。一度機能を失ったことのある人なら、「あたりまえに動けることの素晴らしさ」をすぐさま感じ取ることができるだろう。
動かせない足が、いくつかの動作で少しラクに動かせるようになったとき、「なんだ、このくらいのこと。以前の自分ならフルマラソンも平気だったのに」とがっかりするか、それとも「あっ、たったこれくらいのことでも変われるんだ。すごい」と興味と希望を見いだせるか、そこのところが大きい分かれ道になる。

自分の場合は運動など自分にはできるはずがないという「ダメもと派」。それが三十代に操体法に出会い、山歩きをするようになった。「へえ自分にもこんなことができるんだ!」という発見で夢中になって登っていた。ところが三年前に交通事故のムチウチで、とつぜん何もできなくなった。以前できていたことができなくなることの恐怖というのを初めて知ったような思いがした。「以前の自分ならあんな山、一日中歩いても平気だったのになあ…」。過去の自分と比較して今の自分をおとしめるようなことばかり考えてしまっていた。リハビリというのは、自分の将来の目標が過去の自分になりがちで、これがどうにもやりきれない。過去に登れた山の頂上をもう一度踏むこと。過去に走ったフルマラソンを完走すること。そんな、自分の過去をなぞって生きるというのは、過去の自分に見下されることに甘んじなければならないような気分だ。過去に登れた山に再び登れるようになりたいと切実に願う一方で、今の自分は果たして本当に、本心から、あれらの山にもう一度登りたいのだろうか、過去の自分を目指すことにどんな意味があるだろうかと何度も何度も自問した。

以前にできたからといって、それがずっと維持され、いつでもできるようになるとは限らない。エベレストに一度登頂できたということが、必ずしもその後いつだってエベレストに登頂できるということを保証するわけではない。さらにいうならば、過去にできたことを、再現できなければならないということもない。ものごとは一回きり、なのだ。過去にやったことは、過去の自分がやったこと。でも、その後の自分はまた別である。別のことを考え、別のことをやったって、かまわない。過去の自分を繰り返し生きることに、自分はさして意味を見いだせない。それがここ三年半をかけて得た自分なりの結論。こんなカンタンな、当たり前の結論にいたるまでに、ものすごい時間と相当な苦労があった。我ながら不器用と思うが、それだけの時間と苦労をかけた分だけ自分にとっては貴重な結論である。
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除夜の鐘の音とネコの喉の鳴る音と。
2010/12/24(Fri)
ネコが喉をゴロゴロ鳴らすのは機嫌のよいときだけでなく、具合のわるいときや死ぬときにも喉を鳴らすという。ゴロゴロ音の周波数は骨の修復を促すはたらきや、苦痛を減らすはたらきを持つともいわれ、医療への応用も考えられる。私の周辺では母音「あ」「い」「う」「え」「お」の発声による体の調整に興味や関心が高まっていて、体験者にはすこぶる好評。この5つの音はそれぞれに特徴ある周波数のパターンを持つが、いまだにはっきりしない点もあるらしい。リクツはともかく声を出せる人は発声を有効に利用してみてはどうだろう。

ムチウチをやってから、日によっては肩と首が恐ろしいくらいに固まることがある。目玉が飛び出すのではないかというくらいに上半身がぱっちんぱっちんである。自分なりにいろんなコントロール方法を探ってきたけれども、声を出すのは手っ取り早いので大いに気に入っている。前回の記事で紹介した方法以外に、もっとカンタンな方法がある。布団の中で突っ伏してうずくまり、お寺の鐘にでもなった気分で「ぉお~んぉお~んぉお~んおんおんおん…」と息のつづく限り、やる。ラクな範囲でやっていく。「お」から「ん」への移行はなめらかに行う。いつ「お」が「ん」になったか、自分でもよくわからないくらいにやるのがコツだ。「ん」から「お」への移行も同様。鐘の音は単純に「おんおん」とは言わないものだ。鐘を突く機会があったら試してみてほしい。腹の底に、頭の中に、ごぉ~んと染み透ってゆくあの響きを体感しておく。鐘の音というのはあなどれない。あの音は人間の悩みの根源である百八つの煩悩を打ち砕く力があるというのだから。

除夜の鐘にはまだ早いが、立っても座ってもうずくまっても四つんばいででも、自分自身が鐘になったつもりで声を出すというのには即効性がある。人が大きな痛みに耐えるときには声を出す。声を出すことによっていろんなことに耐えられるようになっているのだ。ヨガをやったことのある人なら「オーム」を唱えたことがあるかもしれない。「ぉお~んむぅ…」「ぉお~んむぅ…」と響きを重ねて室内に音声をくゆらすことで、自分の内部の深いところまで沈んでゆくかと思うと、宇宙の彼方まで意識を飛ばす。深い発声をすることによって、呼吸が深いものに切り替わるということも、ある。声はコミュニケーションのための道具といわれるが、声の向かっていく先の相手は目の前の人間だけではない。自分を構成する六十兆もの細胞たちや、腸内に住む百兆もの微生物たち。そして目に見えぬ存在にも自分の声は通じているのかもしれない。「あいうえお」や「オーム」といった音声には、ただの用事や気持ちを伝えるといったこと以上の、何らかのメッセージがのせられているということもあるかもしれない。何だかそのようなことさえ考えてしまう。
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冬の谷間に五十一音をばらまく。
2010/12/20(Mon)
年末も近づき、山のつり橋下にいるのは私と鳥たちぐらいなもの。誰もいない冬の谷間で好きなだけ声を出しながら体をととのえている。体の感覚がわかりだすと、いろんな実験ができる。声を出して体のバランスをみると、声を出さないときとはまた異なるバランスが見えてくる。いろんなやり方で左右のねじれの差をとると全身が驚くほど軽いのである。

立ったままでも座ったままでもよいが、座位はごまかしがきかないのでわかりやすいだろう。足先が床につかないくらいの高さが、よりわかりやすい。

①まず立った姿勢で、「しゃがむ・立つ」をやっておく。これで自分の腰の感じをおぼえておく。しゃがみやすさ・立ちやすさをおぼえておく。

②イスまたは机などに深く腰かけて、うしろに振り向く動きを左右でくらべる。右を向いてゆき、そのまま後ろへと振り向いてゆく。このときの背中や首や腰の感じなどをおぼえておく。左も同じようにして、この感じと、先ほどの右のときの感じをくらべる。一度でわからなければ何度かやって確かめるとよい。このとき、力をこめるなどして限界以上に振り向こうとしないことが大切。ゆっくりと、そしてできるだけふつうに、なめらか~に動くところまでにする。

③ラクに振り向くことのできるほうがわかったら、そちらの方向だけを何回か繰り返す。右のほうを振り向くのがラクだったら、右のほうを。→ラクに振り向けるところまで進んだら、そのままそこでじっと姿勢を保つ。→体の力をポンと抜いて正面を向く姿勢に戻る。→しばらく休む。→再び右から振り向いてゆく動作を同じ手順で繰り返す。

④②の要領で、左右の振り向きが、最初とどう変化したか、くらべてみる。変化がわからなければ、もう一度③の要領でトライして、再び②に戻って変化をみる。

⑤床に立ち、しゃがむ・立つの動作が最初と比べてやりやすくなっているか、腰の重さ・軽さなどを調べる。

③の動きは一言でいうと、全身のねじれを調整する。体の中にねじれを持たない人はいない。左と右の重心バランスは日常生活の中でたえず動いていくものだから、各所でねじれはつくられていくものだ。「わたしは右の振り向きも左の振り向きもまったく違いがない。左右の差がない」という方は、いきなりご自分で試されるのは少しむずかしいかもしれない。
左右ねじれの差がわかるようになったら、こんどは声を出しながらやってみるとおもしろい。結果がどうなるか。それは未知数であるし、個人差も考えられる。

母音「あいうえお」のそれぞれで左右のねじれを調べると、一つ一つにあらたなねじれの左右差が出てくる。「あー」と声を出しながら出てくる左右のねじれを解消しても、「いー」と声を出しながら調べると、やはり左右で動きに差があらわれる。こうして声を出しながら左右のねじれを「あいうえお」のそれぞれで調整していく。

5つの母音でねじれを解消すると、腰がひょいっと軽くなっている。そんなバカな、と思われるかもしれないが、声を出せば呼吸は変わる。全身の筋肉の状況も、声を出さないときと出すときとでは違うのだから、出てくるねじれも違っている。「あ」という声を出すときと「い」という声を出すときとでは、異なる筋肉が使われている。そのようにしてより多くのねじれが解消されうる、ということではないのか。
「あいうえお」ではそれぞれ音の波長が違うという意見もある。「あー」という声を、腹の底や背中や頭の中や、いろんなところにゆきわたらせてみる。「いー」「うー」「えー」「おー」それぞれ違う感じがする。出しにくい音や出しやすい音もあるし、音によって体の中でゆきわたりやすい場所やゆきわたりにくい場所が違っていたりする。

興がのってくると、そこらじゅうを歩きながら「あ・え・い・う・え・お・あ・お、か・け・き・く・け・こ・か・こ…」と五十一の音を谷にばらまく。子どものころに戻ったような気分でもあり、五十音の鳴き声を持つ、妙なケダモノになった気分でもある。
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無茶でもなく、あきらめでもなく。
2010/12/16(Thu)
社会の約束事というのは融通がきく。ごまかしもきく。しかし自然の法則はごまかせない。農山村や漁村のほうに足を運ぶと、必ずといっていいほど立派なお年寄りがいる。お年寄りというより「古老」と呼ぶにふさわしく、地域でも尊敬され、おそれられてもいる。日頃から自然を相手に体を動かしてきた人たちの言葉は重みを持つのである。このようなかくしゃくとした老人を前にして「老人をいたわろう」とか「老人を大切に」という言葉は馬鹿げている。ほんとうに大切な老人たちだから軽々しく扱われることはないだろうからだ。

町はごまかしのきく世界であると私は感じることがある。自然の法則を相手にする時間より、社会の約束事のほうを相手にする時間が圧倒的に多い。ごまかしという言葉が悪ければ、融通といってもよい。社会の約束事は、自然の法則より融通がきくわけで、ちょっとくらいならごまかしもきくわけである。かくいう私も町に住み、体を怠けさせる生活に長年甘んじてきているわけで、これは気をつけないといけないと自戒している。毎日の山歩きはお遊びていどのものだが、それでも雨がふろうと風が吹こうと出かけてゆくことで、謙虚な気持ちを思い起こす、よい機会となる。体の調子がよいときにはつい「征服してやったぞ」「してやったり」というような、ごうまんな気持ちが出てきてしまう。山はべつに私のことなんか、相手にしていないのにバカだねと思う。
年を重ね、経験を重ねるごとに、智恵と工夫がしだいに身についていくような、そんな生き方をしていたい。自分のコンディションもわからず気持ちだけで暴走することを無茶という。若い頃の無茶と年齢を重ねての無茶はまた別ものである。無茶を繰り返したあげくに「もう自分もトシだからなんにもできなくなるなあ」と思うのはあきらめである。私が望むのは無茶でもあきらめでもない。その中庸のところでバランスをとりながら、自分への好奇心とでもいおうか、自分の中にある可能性を見出す気持ちを失わずにおれば、あきらめる必要などちっともないだろうと思う。

「老人をいたわろう」「老人を大切に」という言葉が「ワレモノ注意」と聞こえてくることがある。割れやすいから取扱いに注意をする。それだけのことでしかないのならば、少々情けないことだ。老人になったときの自分に、ただのワレモノ以上の価値を見出せるかどうか。年齢を重ねてゆく側の生きかたが問われる問題であると思う。
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食べ物たちの素顔が見えているか
2010/12/10(Fri)
ゆで卵を一度に10個食べたがる人は少ないけれど、卵10個を泡だてて粉と砂糖を混ぜてから焼き、バタークリームを塗ったら苦痛なく完食するのではないか。病気に一番苦しめられた子どもの頃は料理が好きで、毎日クレープを焼いて食べていたが、考えてみると3~4個の卵を数分で平らげていたことになる。牛乳は1日あたり1~2リットルを飲み、クッキーやバタークリームをつくるとバター1箱があっという間になくなった。自分でも多いように思うこともあったが料理本の指示に従った。肉料理も得意で、気が向けばいつでも自分で料理して勝手に食べていた。
当時の私のアレルギー症状はひどかった。しかし体重が増えることがなかったため、医者からも周囲の大人からも注意されることはなかった。我ながらよくそんなものを食べていたなあとあきれる。

炭酸水1缶には角砂糖10個ほどが溶けこんでいるという。角砂糖を口いっぱいにほうばって平気な人はいないだろうが、炭酸水なら一日4~5本くらいはいける。角砂糖40~50個という驚くべき量となるが、炭酸水というかたちなら飲める。飲めてしまう。クッキー1枚を気軽につまむと角砂糖を一つ口に含んだのと同じになる。スプーン一杯の砂糖そのままだったら甘過ぎると感じても、飲み物や粉類に混ぜられると気がつかないまま大量に摂取できる。無意識に山ほどの砂糖を摂取するのだから恐ろしい。
ゆで卵を10個食べるのならうんざりしても、卵10個を泡だてて、小麦粉とお砂糖をさっくり混ぜて焼き、そこにバタークリームでも塗れば苦労なく食べられる。これはもう不思議を通り越して不気味な現象である。

お肉もお砂糖も「食べ過ぎ」はいけないと言われる。しかし誰にとって、どういう場合に、どのくらいの量が食べ過ぎではなく、誰の、どんな場合には食べ過ぎになるのか。そこのところは本人まかせである。適度にだったら食べてだいじょうぶというが、実際には食べ過ぎの後遺症で苦しんでいる。もちろん本人は十中八九、否定する。「たったあのくらいの脱線が、どうというのだ。みんなだって食べてるじゃないか」と開き直り、すべての病気の原因が食べ過ぎだとは、ぜったいに認めない。
私は人一倍の食いしん坊。それがわかっているから18歳で大病してからは自分の胃袋にはうまいものを与えないよう気をつけてきた。一口食べるとどうなるか、自分でもよくわからなかった。食べれば食べるほど欲望が暴走して苦しい思いをするのはもうたくさん。そんな気持ちだった。
近年は年齢のこともあるかもしれないが一口や二口、口にしてもそれで特別うまいとも感じない。高級肉だろうが高級菓子だろうが、危険をおかしてまで食べることもないくらいの味でしかない。高級だろうと何だろうと、肉も卵も小麦粉ももとは輸入穀物が化けたもの。日本の港に着いたときにざあざあと薬のシャワーがふりかけてある。船会社勤務をしていた方に直接話を聞いたので確かだろう。「さすがにあれを見てしまうと輸入のものは食べられんのよね」という。華々しい演出によって高級品とまつりあげられる食べ物の、中味はどんなものだろうか。あなたの目には食べ物たちの素顔がきちんと見えているだろうか。

お肉が好き、甘いものが好き。それは問題ではない。腹がふくれるまで、というのが問題である。乱暴にぱくぱくと口に放り込むのが問題である。一口か二口、ちびりちびりと味わう。味わったら利き酒師のやるように、吐き出すのもいい。そういう嗜好品のあつかいでちょうどよいように私には思われる。そこまでして食べたいかという向きもあろうが、そこまでしてでも食べたい時もあるだろうと思う。甘いものというのは味わうためにある。主食と同様のあつかいで胃の腑に入れた満足感を求めるものではない。そういうことにしておいてはどうだろう。

現在の自分は食べ物はできるだけ農産物のかたちのままで単純に食べる。これならたとえ食べ過ぎたとしてもたかがしれている。おやつはカボチャ、サツマイモ、それにリンゴ。粉類がほしいときは水と塩でよく練ってうすくのばして焼くか、味噌汁に入れる。調味は塩、しょうゆ、味噌。食材そのものの味が一番おいしく、何度食べても飽きない。感動する。油は極上のごま油を使うが一度にさじ一杯以上を使うことはほとんどない。それでじゅうぶん感動が得られる。逆に、食べる量を増やせば増やすほど感動は失われる。訪問者には同じものを食べてもらうが好評で、あながちお世辞ばかりともいえまい。種類をあれこれ増やさず、旬のものに集中する。そういうのを「ばっかり食」という。自分の気に入ったものばっかりを食べる。食事で体調をくずすということもなく、ややこしいトラブルともおさらばだ。これ以上、食べ物のことは考えないのでものすごく気がラクだ。
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米がおいしい病気知らずの食卓
2010/12/10(Fri)
何人か集まって操体をする日にはたいてい米を炊く。体を動かし終わる頃には小腹が空く。家事をあずかるお母さん方は夕食の用意などもあるから、時間のある方はちょっと食べていきませんかと声をかける。
人を招く時はご飯。招かれた時もご飯。純粋に米を炊いたのが私は好きなのである。「夫がね、あの人が来る時は何を出そうかいろいろ考えなくて助かるだろ、なんて言うの」と知人に冗談まじりに言われたことがある。そう。そのとおり。私は米を炊いたのがほんとに好きだ。

ご飯を食べるときには塩、醤油、海苔、梅干を出すことにしている。これ以上のご馳走を私は思いつくことができない。けっこう評判もいいので続けている。日本人はみなお米が好きなのである。
「ふだんはオカズ食べるのに忙しいんですけど、ご飯ってこれだけでこんなにおいしいんですね」
「もうなんにもいらない。ご飯って甘くておいしい」などと言いながらもくもくと食べる。
「うちのとちがう。ぜんぜんおいしい」と、連れのお子さんなどが言って、ひやっとさせられることもある。米はよいものを使っている。水もよいものを汲んできて前日から仕込み、よい鍋で炊く。火にかける前に少量の塩を入れるが、その塩は伝統的な製法による藻塩。醤油も梅干しもなかなかぜいたくなものを出している。すべて自分がふだん食べているものとまったく同じである。

米と塩と味噌と醤油。これさえしっかりした本物でそろえておけば、みな満足するはずだ。それにネギと豆腐とワカメを加えて味噌汁でもつくれば上等すぎるくらい。炊いたお米を中心にした食生活は病気知らずでもある。最高のご飯を分かち合って食べるのは無上の喜びだ。献立に悩んだときはぜひお試しください。
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安定した生活・不安定な生活
2010/12/07(Tue)
大企業の正社員をする者が身内にいて、生活ぶりを聞かせてもらうことが度々あるが、なかなか不安定な日常を送っているように思われる。この人は子どものころから安定志向で、きちんと学校に行き、きちんと就職を決めた。すべては安定を求めるがゆえであった。しかし目まぐるしい変化の中でのんびり過ごす自分の時間などなかなか取れない。仕事もあるが家庭のこともある。社員のあいだでは過労と見られるぽっくり死も少なくないし、神経的にやられてしまうのもめずらしくないなどと聞けば、こちらも荒れ狂う波間にゆられる船にでも乗っているような気分になる。しかし社会全体が不安定なのだから仕方がないのだそうだ。これでもまだ自分は安定しているほうじゃないかと言っている。

うちの近所のウォーキングコースの川べりには、そこに住み着いている人々がいる。ホームレスと呼ばれることもあるが、彼らとても仕事をしている。主に空き缶を集めて現金収入を得ているようだ。私の見る限り、彼らもそれほどのんびり過ごしている様子ではない。しかし彼らの生活がとくに「不安定」かというと、彼らにも彼らなりの日常があり、むしろ平穏に過ごしているようにさえ見えることもある。近隣の住民とのつきあいもわるくない。というのは少しの支えや助けの手をそっと貸してくれている様子が感じられるからだ。彼らは単独で過ごすことが多く、口げんかなどは見たこともない。日常をもっとも乱すものといえば、お役所からたまに人がやってくることである。あなたがここにいるのでみんなが迷惑している。だからこんな生活はもうやめろ。それにこんな生活はあなたのためにもならない。そんなことを長々として説教している。しかしそれもそれほどひんぱんではない。説教のあとは何ごともなかったかのように同じ日常が戻ってくる。

彼らのねぐらは橋の下であるが、彼らの居ついていない橋の下は学生たちのたまり場になっていて、むしろ近づきがたい雰囲気だ。弁当がらやタバコの吸殻、空き缶などが散らかりほうだいで荒れている。また、洪水のさいに、辺り一帯で最も広い橋の下を占拠していたサイトが役所の手によって撤去されてしまったが、そこは散歩に来た人の憩いの場ともなっていた。天気のよい日は休憩用にイスが並べてあり、ウォーカーたちどうしで談話している姿もよく見られた。すばらしく大きく毛並みのよいペルシャ猫が二匹もケージに入れてあるのに私はびっくりしたことがある。ここの主は釣りをよくする人で、釣り人たちと一緒に釣りを楽しんでいた。立派なひげをたくわえた老人で、通行人と話し込む姿がよく見かけられた。しかし今ではそこは文字通り役所の縄張りというか、黄と黒のしまロープで囲まれた、ただのむき出しの地面でしかない。誰もそこに立ち止まって集うということもなく、さびれたように静かだ。

彼らはたいていテントやブルーシートや板張りなどで囲んで部屋をつくるが、中には私生活を公にするかのように、囲いのないまま家具を並べ、広々とした吹きさらしの自室で日記を書いている者もいる。釣りをする者も、犬や猫を飼う者も少なくない。役所が彼らの住まいを撤去しに来なければ、それなりの安定を得た生活のように思われることもある。
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とっても具合のよくない日には外に出て山に入る
2010/12/03(Fri)
雨の音に包まれて山道を一人歩く。うつむき加減の私の目には地面の石ころや落ち葉や枯れた小枝などが飛び込んで来ては通り過ぎてゆく。林の中は薄暗く、昼間というのに夕まぐれの湿っぽさが漂っている。土のにおいがどことなくかび臭い。私の踏み敷くこの地面では、木の葉や虫や小鳥たちが力尽きて身を投げ出して、そこでほっと息を引き取って、そのまま互いに折り重なってゆっくりと朽ちて土になる。土は死の床であるとともに、新しい芽吹きや生きているものの生活の場。生と死とが混然一体となって繰り返されている生きものたちの日常に身をおいてはじめて私は安堵するのだ。打ち捨てられた塵あくた、割れた瓦さえ、長い年月にさらされた岩や石の持つふうあいを帯びてこの風景に溶け込んでいる。

私の山歩きはこういうものだ。「わ、山に行かれるんですか」と声をかけられ、アニメの主人公ハイジのように歓声をあげながら山を駆け回る姿を期待されると少々困惑する。もちろんそういう気分もないわけではないのだけれど、今日のような冬の雨降りの日に山に向かうのは、さすがの自分もなかなか気が進まないものなのだ。身も心も重くて重くていたたまれない朝というのが私にはある。今朝はそんな朝だったからなんとしてでも自分を山に連れていかなければならなかった。自分をだましだましするようにして、街からそっと引きぬいて山へ連れ出す。車から降りるとぼうとしたまま歩み出す。こんな朝は歩みの幅が、右足がまちがって左足を踏みやしないかというくらい、そのくらいのほんとうのよちよち歩きである。途中で気が変わっていつどこに引き返そうとするかわからない、そのくらい、我ながら心もとない状態である。

それでも山道をたどっていくにつれ、放心もしくは失神のようなところから少しずつ覚めてくる。鳥の声が時折、雨だれの音を切り裂いて通り過ぎてゆく。暗い林を抜け、あたりがぽっかり明るくなってふと見上げると、そこには木々の赤や緑や黄色のあざやかな色の連なりが立ちはだかっている。晴れた日の山の風景などは案外つまらないもので、遠くも近くも同じにくっきりとして、一枚のスクリーンに貼りついたように平べったく見える。しかし降りしきる雨が白くやわらかな光ベールを広げ、山も私もいっしょに抱きかかえてすっぽり包み込むときの、あの一体感と壮大な救いのような心地はどうだろう。感動という言葉に置き換えるには味気なく、その場に身を置いた者でなければどう説明してもわからないようなものだ。
ああ、と胸をうたれたままたたずんでいる。気持ちのすぐれないときにこそ這ってでもここに来ずばなるまいとそう思うのだ。体が弱ったからといってコンクリの箱に身を押しこむようにして過ごしていては、たとえどんな人々の、どれだけあたたかな心配りと心遣いに恵まれようとも、自然との一体感から得られる、この身も心もふるえるような感動とはほど遠いのだ。冷たい地面に身を横たえて最期を迎える鳥たちや虫たちのことを、私はかわいそうとは思わない。同様に私自身、冷たい地面に横たわり、一人で最期を迎えることがあろうとも、それをみじめとも不幸とも思うまい。
帰り道、私の足取りはしっかりとして、力強い歩みを繰り出している。自然はいつも私の中にあり、私を裏切ることはない。それを再確認するためにも、きつい時ほど山に行く。
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1日ぐらいは飢えてみて、食べものを分け合う
2010/12/01(Wed)
散歩する犬を見ていると、毛の長さも色も、大きさも、体格から何からこんなにいろいろあるかと感心する。こんなに幅があるものを犬という名でひとくくりにするのが不思議に思えてくる。
しかし人間のいろいろは、もっとすごい。動物占いではないが、動物全般から神仏に近いものまで人間には幅がいくらもあるではないか。さらにもっとすごいところは、同じ一人の人間が、ケダモノじみたかと思うと神仏じみてくるなど、変化がものすごく大きいということ。また、神仏めいた部分と同時にケダモノめいた部分をあわせ持つといった矛盾にもすごいものがある。人間に比べれば犬は本能にしばられてずいぶん固定したもののようにも見える。

怒ると人は人間という名をしたケダモノのようにも見えてくる。感情に大きく支配されているときに、我々どうしてもケダモノの本性が表れてしまうものなのかもしれない。
争いの場面にはもちろんケダモノ性が発揮される。ブッダをイメージしながらプロレスする人はいない。リングの上では虎のマスクでもかぶったほうが暴れられるというものだ。
わたしはケダモノなんかじゃありませんと澄ましていても、食べ物を一日や二日取り上げられた後、少ない食料を何人かで分配しなければならないようなことにでもなったら、どうか。争いにまでは至らなくとも心の中ではケダモノの声とそれを抑える声とのやりとりで忙しいのではないか。
このような点で、人間は弱いものだと思う。

ブッダはむさぼりを戒めている。「もっと、さらにもっと」という、むさぼる心に気をつけろと、『ブッダのことば』(岩波書店)に記述されている。むさぼる心はいうまでもなく神仏の声ではない。野獣のようなすさまじいむさぼりの声を、自分自身で対処していくには智恵と工夫が不可欠で、人間の頭脳は、自分自身をコントロールすることにこそ駆使されるべきといえる。自己コントロールがどれだけ困難かを体験するたびに、自分自身の持つ弱さ、人間としての弱さを知る。そうやって、自分自身に振り回されない技術を少しずつ身につける。ブッダは感情の爆発についても戒めている。仏教だけではない。宗教は日常生活の中で、人間の持つケダモノの性質をどうコントロールするかという課題を提示し、その課題に取組むことを私たちに勧めている。そのようにして、人間の精神性、霊性を高め、争いのない日常の構築を目指す機能があると思う。

ものが不足し争いが起こるということは容易にイメージできるが、ものが豊富な環境では、自分の中に仕込まれたケダモノの本性に気づかされる場面にとぼしく、争いのタネが少ないようでいてむしろキレやすく、争いの起こりやすい傾向が見られても不思議ではないのかもしれない。
むかし貧しかったころのほうが人情というものが感じられたという話もよく耳にする。
「もちろん、むかしだってイジメもあったし争いもあったけど、本当に困ったときにはしぜんと集まって助けたもんです。今は、そんなことないですね。干渉しないで遠巻きに見ている感じ。なんか冷たいですよね」
戦争中の日本には食べものが少なく日常も不便だったが、それは全体そうだったから不平不満も当たり前すぎて言い出す気にもならなかったろう。貧しく空腹だからといって全員が内輪の争いに参加していては不幸が増すだけだ。貧しく空腹でも周囲への配慮を欠かさず、冷静な判断を下せる人間像を、人々は求めただろうし、実際にそんな人が尊敬もされ、周囲のよい模範とされただろう。人は、肉体的苦痛にもっとも弱い。暴力にも弱ければ空腹にも弱い。ケガや病気の苦痛にも、からきし意気地がない。しかしそんな苦痛の中でも理性を失わずにいることができないわけではない。わたしはそのような点で人間の強さを思う。

健康のためというのでももちろんよいのだが、精神面の理由で定期的に断食を実行する人もいる。家族みんなで一日の食を絶ち、その後、少ない食料を分け合いながら感謝しあったり、互いに心配りをしたり、いたわりあったりする機会を持つのも素敵である。そのようなことを通じて自分の中のケダモノ心とじょうずにつきあうことをおぼえる機会とするのも必要なのかもしれない。家族のきずなを強くするにも有効なことのように思われるし、心身の鍛錬にも有効だろう。
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