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体によいことが続かないのにはまっとうな理由がある
2010/11/30(Tue)
よいとわかっているけど続かないと聞くが、本当によいことなら努力なしに続く。よいことは体が喜ぶ。自分も気持ちよく楽しい。つらくて苦しいほうがやりがいがあるというのもアリだけど道は一本ではないからいつでも自由に選び、変更もゆるされる。

自分によいことかどうかは誰がどう決めるのか。専門家にきけば正しい答えをもらえるのか。テレビや新聞やお役人にきけば参考になるだろうか。テレビや新聞やお役人は、専門家の意見を引用することで科学的にまっとうな主張をしているというようだが、専門家のあいだで意見がきれいに一致することなどほとんどなく、だからこそ専門家というのは自分の研究に一生を捧げている。答えがわかっているのなら研究などする必要はない。科学的手法によって得られた答えにしても、意見がいくつもあるとなれば、専門家の意見は選択肢を得るのには有効だが、どれを選ぶかについては自分の自由。自分よりふさわしい決定権を持つ資格のある人などいない。

知識や情報にくもらされることなく、ストレートに自分の体のほうから「これがいい」という返事がはっきりかえってくれば迷いはない。困るのは、自分の体からの返事がきちんと聞き取れないということにある。「よいことはわかっている」というけれど、専門家のあいだで意見が分かれるくらいなのだから、知識や情報だけではカンタンに結論は出せない。生きものには大きな個人差があるのでみんなによいという答えはない。
しかし体によいことは自分も体も感動するだろう。うれしい。そして気持ちいいだろう。人は快楽のためなら時間も手間も惜しまない。本当の快楽とはそういうものだ。人は、一日の生活でやらなければならないたくさんのことを抱えているけれど、その中から優先順位をつけ、省略できることは省略し、やりたいことはやるのが日常。省略と実行の決定には生命を守ろうとする本能の働きもある。気持ちよくしかも体が元気になるということを忘れたり怠けたりすることが、できようはずはない。
少しは続いたけどやめてしまったという場合、続ければさらによい結果が得られた可能性もあると同時に、無理に続けなかったからこそ避けられた災難もあったかもしれないのである。几帳面で生真面目に思い込みで続けることほど危険なことはない。

実行もだいじなのだが、それ以上にだいじなことは、吟味に手間ひまを惜しまないということ。ここでミスをやらかしては自分の体の本当のことは迷宮入りである。吟味には感覚がたよりだ。日頃から感覚を鍛錬することが、知識や情報に振り回されないことにつながる。判断の根本である感覚神経の働きの鍛錬法の一つに、操体法がある。
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1日5分の動きで身体の乗り心地をどこまで変えられるのか
2010/11/16(Tue)
一口に自転車といえどもピンキリで、数十万もする自転車に初めて乗ってみればママチャリの常識を打ち破るほどの衝撃がある。身体を自分の心を乗せる乗り物と思えばその乗り心地もまたピンキリだろう。
運動制限など自分には無縁と決め込むことなかれ。体は動けばそれでいいと済ませられるのも時間の問題である。事故後のリハビリも慢性の肩こりや腰痛もすべて3つの基本の動きだけでも対処可能ということを考えると、操体法の入り口は誰にとっても広いものだといえる。操体法は万病すべての症状を運動制限に置き換えることによって、身体の乗り心地をいくらでも追求することを可能とする。

自分の場合は実はとても狭く窮屈な入り口を通り抜けてやっとの思いで操体法に行き着いたいきさつがあり、操体法の入り口にたどり着いたときにはその大らかさに驚くべきものがあったのだ。
私は11歳のときにアレルギーの体質改善のため、自然食に切り替えるということを始めた。砂糖や菓子類は一切禁止。添加物や農薬類も一切回避。18歳からは肉も魚も乳製品も卵なども一切やめるということにしてしまった。
今はかなりゆるくなっているようだが、三十年四十年も昔の食養の世界は、それまでの生活の一切とそれまでの考え方の一切を捨てて生まれ変わるくらいの覚悟のようなものを要求されていた。少なくとも当時の私には出家するくらいのことを迫られるものとして感じられたのである。
今の自分の目から見ても解けるか解けないかさえわからない一番とびきりの難問を初心者に取り組ませるような面があり、私は高い壁に何度も自分から突込んでは倒れるということを繰り返しながら十年二十年と過ごすほかなかったのだ。

もちろんわるいことばかりではなかった。これはこれでよかったと思う。しかしこれしか選択肢がないということもないだろうというのが今の自分の結論だ。
自分はどちらかというと本人が気長に取り組んでいく過程で得られることのほうが大きいと見ているが、それでは続かないという人も圧倒的に多く、それにはそれで応えていく必要があると考える。もちろん速く答えが出ればそれでよいというものではないのだが、速く答えを出さねばならない事情というのもあるだろう。その諸事情に応えることで自分の幅を広げ、力がつくということもある。
ガマンで生きるだけでは芸がないし、ガマンを強いるだけも芸がない。操体法の入り口は1日たったの5分である。ほんとにたったの5分でいいのか? それは各自だまされたつもりでやってみるか、だまされるのはイヤだから最初からやらないかのどちらかを選べばよいことだ。
しかし逆にいうと毎日5分は必要なのだ。これ以上はゆずれない。もっとラクな方法があるのならこっちが教わりたいくらいだ。
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操体法のコンセプト-目に見えない世界が動かす私たちの日常-
2010/11/15(Mon)
立つ、座る、ものを握るという何気ない行動も、体の内部で力学的バランスの移り変わりがスムーズに運んではじめて可能になる。私たちの日常生活は、実は力学的世界によってつくられている。

運動制限とは体の動きがよくないということだ。大雑把にいえば動かそうとしても力が出ない場合と、力は出るが動きにまで至らない場合とが考えられる。後者の場合、力の伝わりがどこか途中でさまたげられている。身体内部で何らかの力学的不都合が生じているということができるだろう。
力学的世界で起こることは直接目にすることのできない世界であり、それを見えるように工夫した一例がベクトル記号である。中学の理科の教科書では力のベクトルは床に置いてある箱の絵で説明される。この絵の箱の中心あたりからは、床に向かって垂直にのびてゆく矢じるしが描きこんである。これは箱が床を押す力、もしくは箱にかかる重力を表し、矢じるしの長さは力の大きさを、矢じるしの向きは力の方向を表している。また、この絵にはもう一本矢じるしが描きこんである。この矢は床から箱へと垂直にのびており、床が箱を押し返す力=抗力を表す。この力があるからこそ、箱をのせた床がへこむこともなく、箱が床にめりこむこともないのだということがわかる。

床の上のただの箱さえも、このように目に見えない力の相互作用をまぬがれない。となれば、大小合わせて二百個以上もの骨が有機的に組み合わさっている構造体=人体にはどのような力学的相互作用が起こりうるのか、容易には想像できまい。それでも確かに体は生きている限り力学的バランスをとり続け、心臓は動き、内臓は機能し続ける。身体とは眠っているときでさえ一瞬たりとも静止することのない構造体なのである。一見平凡な日常生活も、目に見えない力学的世界から見ると、何とダイナミックなものであろうか。
私の住む近所の川にはカワセミをはじめ多くの野鳥が見られるが、釣り糸で足を切断されたハトの姿がよく見受けられる。足指を一本でも失った鳩は歩き方も飛び方もほとんどすべての行動において力学的バランスの変更をせまられることだろう。ケガを負ったハトは大抵の場合、全身的に弱っているのだが、中には元気に過ごしているものも少なくない。身体内部の力学的世界でうまく帳尻を合わせられているのだろう。

生命体というのは、常に変化し続ける環境に対してヤジロベエのごとく内部バランスを取り続ける。この働きをホメオスタシスというが、要は帳尻をうまく合わせていくということだ。ケガばかりではなく、気圧や湿度、気温、食べ物、ストレス、あらゆる変化が身体内部の力学的バランスに影響する。力学的バランスがとれなくなると、痛みや症状があらわれ、ある期間を経て病に至る。
力学的バランスを直接的に引き受けるのは骨ではない。骨組を支え、その位置関係を決めているのは筋肉のはたらきである。ムチウチ症などは現代医学において「エックス線写真に写らない」ということを理由に、あるのかないのか存在のつかめない幽霊あつかいにされている。しかし、身体内部のダイナミックな力学的バランスの帳尻をうまく合わせていけるか否か、大きくカギを握るのは骨ではなく筋肉であり、その柔軟性と弾力性の関与を無視することはできないと思われるのである。

足首のねんざ一つでも、その後の生活にまったく影響を及ぼさないという保証はどこにもない。とくに足は体を支える土台であり、その軽い負傷でも人体内部の力学的不均衡をもたらすことは容易に想像できる。その影響は身体運動のみならず、長期的には内臓機能にまで影響する結果ともなるだろう。
昔の日本の殺しの技術には三年殺し、五年殺しいわれるものがある。刃物や銃を使って血を流さなくとも、この動く構造体の要(かなめ)の部分にちょっとしたショックを加え、長期にわたって力学的な均衡を崩壊させてゆけば全身たちまち衰弱し死に至るという考えは非常に合理的なように思われる。
力学的世界が目に見えないからといって、あなどることはできない。むしろ目に見えない世界が、目に見える日常世界を支え、支配するとさえいえる。変化してやまない、この身体内部の力学的世界を、運動という目に見えるものに置き換えて、誰にでもわかるように工夫をこらし、誰にでも操作できるようにしたのが操体法だということもできる。
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痛ければいいというものでもない-圧痛点について-
2010/11/14(Sun)
体の動きは身体内部で起きていること全てをあますところなく見せてくれます。動きには必ずどこかいびつなところがあり、改善の余地などいくらでも見つかるわけです。
操体法は、痛みが出ない動き・気持ちいいと感じる動きを見つけて実行するやり方と、圧痛点を利用して動くやり方とがあります。
圧痛点とは、圧迫すると痛みが感じられる場所で、圧痛点の痛みが減る、もしくは消える方向へ体を動かすと、歪みやいびつさが解消されるというもので、さまざまに応用することができます。その応用についてはじっさいに見ていただくのが一番ですが、やり方を見ているだけではわかりにくいことをここでとりあげようと思います。

押すと痛い場所には筋肉の硬くなったコリ(硬結)があり、それが動きを妨げているのだという考え方でいくと、コリが増えれば体を動かしにくくなり、コリが減れば動きやすくなる。逆にいえば、手足や首など動かしにくい場合には、それにあった場所のコリをゆるめてやればよいという理屈です。
単純な例では、マラソンの翌日に筋肉痛になったところを、さらに調べてみると、痛みがそれほどでもないところと、痛みが強く、とくに鋭く感じられるところとがあるはずです。痛みの芯になっているようなところと思えばいいでしょう。筋肉を探っていって特に強い痛みを持つ、鋭い点をが見つかれば、そこは圧痛点といえるでしょう。もちろん筋肉痛でなくとも圧痛点は見つかります。ツボと呼ばれる場所も押すと痛みを感じるものですが、ツボと圧痛点には共通のものも見られます。

圧痛点を見つけるには指先で筋肉をさぐっていくのですが、めったやたらに全身を探してもキリがないので、橋本敬三先生をはじめ、先人の経験から積み重ねられたものを参考にしながら確認していくとよいでしょう。
自分自身のことを振り返ってみると、どこを探るか具体的に教わりながら、わけもわからずやっていたというのが正直なところです。最初のうちは、何がなんでも強く押さなければと思い込んでいました。指先にどのくらいの圧をかけるのかわからず、表面をうろうろ触っているうちに、自分も相手も混乱して何がなんだかわけがわからなくなる。もしくはただめったやたらに強く押した痛みを相手に与えるというようなことを繰り返していました。
「力を入れたらダメ。力を入れるとわからなくなるよ」。何度もそう教えられていましたが、これがさっぱりわからない。ツボも見つけるのも同じでしょうが、筋肉は奥行きがあるのでツボ人形のように肌にしるしをつけてもらったとしても見つかるとは限りません。
慣れてくるに従って、強く押しすぎる傾向もあるようです。相手が痛がるのを見て「うまくいった」とカンちがいするのです。しかし圧痛点を決めたものの、次にどうすればよいかがわからない。「圧痛点は見つけられるようになったんですが、それからあとどうするのかわかりません」となる。

実際のところ、圧痛点が決まれば答えを見つけたようなものです。圧痛点はわかるがそれをどうしたらよいかわからないというのは妙な話なのです。どのような動きをすればよいのか、それを示してくれる誘導灯、明かりのようなものが圧痛点ですから、圧痛点が決まれば痛みを軽くするような、痛みがなくなるような動きを誘導することができます。圧痛点は筋肉をさぐっていくうちに、しぜんに必要な圧が指先にかかっていくものです。押す力がどのくらいになっているかは結果的なもの。最初から「ようし圧痛点を見つけるぞ」とか、「とにかく強く押さなきゃ」というような力みがあれば指先の感覚はわからない。
筋肉は十二単じゃないけれど、幾重にも重なり、また連なっているものですから、筋肉のジャングルをかきわけながら進んでゆけば、圧痛点に届くようになっているのです。強く押すとか弱くするとかいう問題ではなく、さぐっていこうと思うと指先にしぜんに圧がかかっていきます。何かに導かれながら宝ものを掘り当てていく感じです。
そのようにしぜんなかたちで圧痛点に届いた場合には、そこに行き着くまでの情報もキャッチできているはずですから、動きを入れたときには圧痛点の状態が変わってゆくのもわかります。もっと慣れてくると、どこをどう動かしてもらうと圧痛点がゆるんでいくか面白いようにわかりますし、押さえられている相手のほうも「ああ痛みが減る」とか「痛みが増す」とはっきりわかるので、互いに安心して取組むことができます。

自分の指先から伝わってくることと、相手の感覚から伝わってくることとを照らし合わせる作業は操体法では最も大切だと思います。自分の指先で感じ取れないからといって、「どうですか?」「これはどっち?」と相手に一方的に頼ってしまうと、互いの感じ取った情報を照らし合わせることは不可能です。また、「こうですよね」「こっちでしょ」と結論に飛びつくのも要注意です。相手の人は「言われてみればそうかな」と思ってしまい、必要な情報を感じ取ろうとするのをやめてしまいます。
自分の指先から伝わってくるものを疑わず、なおかつ相手の感覚にも大いに信頼を置き、両者互いに協力し信頼しあうことを楽しむ。自分にとって操体法はそういうものです。
操体法の基本は「本人が感じ取ったことを尊重する・優先する」。二人でやる場合、術者の立場は「治してやろう」ということではなしに、「やっている本人が感じ取りやすいように」ということに配慮すればよいのだし、やっている本人は「自分の体の声にひたすら忠実であろう」とするだけでよいのです。
やってみると当たり前のこと。実にしぜんでカンタンなことなのですが。
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葦の茂みに囲まれた小島での一日
2010/11/12(Fri)
通りすがりに地面からペチペチッとはねる音が、した。引き返すと今度はビチビチビチッと激しい音がする。葦の茂みの根元に水がたまり、中で何かがはねているのだった。

M川の川べりでゆっくり過ごそう…。思いついて寄り道をした。最近の自分の頭に浮かぶことといったら、おだやかでおとなしいものばかりだと思う。足が妙なことになる前は山の頂上に向かうことしか頭になかったが、足の調子が妙になってからは頂上と同じか、もしくはそれ以上におもしろそうなところを自分でかぎ分ける。歩けない今の自分から、歩けていたころの自分を振り返ると、今の自分よりもせっかちで強引で、頂上を踏んだときには「どうだ、登ったぞ」といわんばかりのごうまんさがあった。まあそれだけ元気があったということだからそれはそれでよいのかもしれない。

日照りが続くせいか川の水は減って、流れの中ほどには白い砂洲がくっきりと浮かんで見える。日の光を反射するなめらかな砂地を眺めるうちに、あの上をはだしで歩きたいと思った。砂洲に上がれそうな流れを物色していると、細身の魚たちの群れが見え、そのうようよぶりからくすぐったい手触りが指先に伝わってきた。フナやドジョウと遊んでいた子どものころの感覚が腹の底にふつふつと湧いてくる。浅瀬のあちらこちらでは灰色や白い羽をしたサギたちが厳しい顔をして口ばしを水に突っ込んでいる。

砂洲は妙にひっそりしていた。葦やススキが生い茂って周囲の気配を遮断しているようだった。間をすかしてのぞき見ると、水鳥たちがうずくまった後ろ姿を見せてくつろいでいる。かと思うと遠くから私の姿を見とがめたカモの群れが、ガッと叫んでいっせいに飛び立ったりもする。はだしになって砂の上に足跡をつけながら進む。背丈が隠れるほどの葦の茂みの間をぬって、歩くともなしに歩いていると、左右の茂みから小さな鳥の一群が舞い上がっては別の茂みに飛び込んだりする。ふいに目の前がひらける。おまえを待っていたといわんばかりの、乾いたまっさらな砂地だ。ちょうど人が一人横たわれるくらいに平らになっているところに誘われるようにして大の字に寝転がる。周囲の茂みからバッタがそろそろ這い出て来て、日に温まった砂の斜面でじっとしている。ここにも。そしてあそこにも。頭上には葦の穂に縁取られた秋の空がはるか遠くのほうで光っている。青い。ただただ、青い。破顔。そしてなぜか、涙。

砂洲は見た目より広く、草や茂みが迷路をつくっている。水を含んで足がめりこむようなところもあれば、乾いてさらさらしたところもある。湿地めいて入り組んだところを通り過ぎていったとき、ペチペチッと水のはねる音がした。引き返すとビチビチビチッと激しい音がする。葦の茂みの根元に水がたまっていて、その中で魚たちが暴れているのだった。「今週は雨は降らないよ」言うともなしに言ってみる。「この分だと明日にも干からびちゃうよね」。言いながらリュックの中をかき回し、ビニールの袋を取りだす。「べつにどうしたいというほどのことでもありませんが、川の流れのほうに戻りませんか」。ビニール袋に川の水をくんでくる。

魚たちを捕まえるのは容易ではなかった。捕まえようとする意思が伝わると、魚たちは奇妙に動かなくなる。岩影や砂に頭を突っ込んでじっとしてしまうのだった。指先でつかもうとするとヌルリとすべる。捕まえるのではなく、魚がはねて自分から手の中に飛び込んでくるようにして、すかさずビニール袋に入れる。二十匹はいるだろうか、メダカくらいの小さなものもいて、傷つけないよう大いに集中する。中断するとやめたくなりそうなくらい、いた。

「全員、移動しましたか?」声をかけてみる。濁った水は黙りこくったままだ。もう一度、水の中をゆっくり探っていくと、別の生きものが出てきた。ヤゴだ。大きなヤゴが一匹。次に、小さなヤゴ。ヤゴは魚の天敵だが、この中で魚を食ったとは思えない。肌をすりあわせながら過ごさざるをえないような、こんなごちゃごちゃした水たまりの中では狩りのほうも難しかったろう。魚たちはやたらにピンピンしているのに、大きいほうのヤゴは弱っていた。
「これで全員ですか? もう誰もいませんか?」もう一度水に向かって声をかける。すると、どこかでピチッと返事が返ってくる。あわてたのか、水たまりから飛び出て地面の小さな穴に逆立ちしている小魚が一匹。

日の光をまともに浴び続けていた私は軽いめまいを感じていた。魚たちは流れに放し、ヤゴたちは岸辺の浅いところに放した。小さなヤゴは危なかった。放したと思っていたのが実は袋にへばりついていて、もう少しでつぶれるところだった。念のためにもう一度川の水をくみ、水たまりに補充した。全てを終えたと思ったら疲れが出た。
土手で風を受けながら、もと来た道を引き返す。気まぐれで川に降りたのが、こんな運びになった。水たまりのものたちは今日明日にでも干からびる運命だったろう。自分のはたらきで何がどうよかったということになるのかは、わからない。どうも自分は行く先々で似たようなことを繰り返しているが、これはどういうことなのか、わからないのである。川で魚を触ったのはほんとに久しぶりだった。あのピチピチした感触は何にもかえがたい。全身で弾んでみせる、あの命の手触りは。
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痛いリハビリ・ちっとも痛くないリハビリ
2010/11/10(Wed)
「リハビリの世界はとどのつまりタオル三本です。一本は汗のため、もう一本は涙のため。最後の一本はヨダレを拭くためのタオル」。ヨダレ?と訊いたら「タオルを口にくわえて歯を食いしばって痛みに耐えるのです」。
ある集まりで理学療法士さんと話す機会を持ったときのこと。リハビリの具体的な話をこのとき初めて耳にした。もう10年以上も前のことだ。
「リハビリの現場ではね、そのくらいのつらさは当然という態度ですよ」。福岡の地元の大きな病院で長く勤務をしてきた人で、気さくな方だった。
「痛い目にあったぶん治ればまだいいですが、治るのは全体の三割もあればいいほう。その三割だって、なぜ治ったのか理由はわからない。残りの七割がなぜ治らないかもわからないままでね。がまんを強いるこちらのほうも楽しくないし、子どもなんか私の姿を見て泣き出すこともあるくらいですから、なんとかならないものかと思ってね。治療で痛い目にあわせる必要なんかぜんぜんないもんね」。

それから数年後のこと、脊椎損傷で全身麻痺のご身内の方から相談があった。我が家の近所だったこともあり、訪問した。ご本人の話では、毎日欠かさず専門家のケアを受けているが、寝がえりだけでも自分でできるようになりたいという。具体的にどのようなことをするのか、ご家族に尋ねたら、自分たちも手伝うことがあるからと、その場でやってみせてくれた。右足の先を持ちあげたかと思うと抱きかかえ、そのまま足全体を頭に向かって押していく。それを繰り返した後、左もおなじに、と説明されるのを私はすぐにとどめた。
外科で勤務する知人に連絡をとると、「そうなんだよねー。強引にやっちゃうよ。操体法を知ってるオレとしてはどんな気持ちかわかるでしょう?」橋本敬三医師の著書にもあるが、リハビリの現場はたいへんと思う。そして三年前には自分自身が追突事故にあい、赤十字病院の整形外科医から、「ムチウチのリハビリは我々にはできない。筋肉の勉強は解剖学以外やっていないから」とはっきりと言われた。

理学療法や作業療法の現場に操体法を取り入れることは、患者の苦痛の軽減だけではなく、医療従事者側にとっても心身の苦痛を減らすヒントとなるだろう。「痛みは異常を知らせる赤信号。止まれ。動かすな」「痛みを感じる動きの逆運動、バック運動で筋肉をゆるめろ」が操体法の基本だからだ。痛みをガマンして動かすリハビリと、痛みのない動きで行うリハビリと、どっちがどのように結果にちがいが出るのか、出ないのか。そこのところの検証が積み重ねられる必要を痛感する。また、操体法によるリハビリは、患者自身がやろうと思えば自分で取り組むことができる。早く治りたければ他人の助けを待たずして一人で勝手にどんどん取り組むがよいのである。今日は操体法の集まりでそのことが話題になったが、朝起きてすぐに取り組む操体法は自分の場合五千円くらいの内容に匹敵すると言う者があり、一同大笑いした。寝る前にも三千円分くらいはあると思うから、これを毎日続けるということで、もうものすごいことになっている。月あたり二十数万円分が全部タダだと言って一同また大笑いだ。人に頼らず自分でできる。これがほかにはマネのできない自力療法の強みだろう。
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生きてゆくのにぴったりの、場所。
2010/11/09(Tue)
土手を散歩する。野草に目星をつけて、帰りに採取する。「誰もいませんか?だいじょうぶですね?」と声をかけながら虫を取り除く。それでも帰宅してしばらく置くと出てくることがある。今朝もそうだった。テントウムシの幼生がそろりと出てきた。真っ黒なげじげじした姿は妙にやせて見える。ベランダの植木に食料となるアブラムシがいればちょうどよかったが、あいにく発生していない。

外を出歩くたびにこんなお客さんを連れてきてしまう。見つければその日のうちに元に戻すことにしている。遠方の場合は申し訳ないが、まあ適当なところに放す。
今日のは近所の土手だから、元の場所に返しに行く。アブラムシのいそうなところに放してやりたいが、寒い季節だからか見当たらない。ウリハ虫ばかりだったり、立ち枯れで虫の姿はなかったり。アブラムシごときと高をくくっていたのが全てあてがはずれた。自分ではよく知ってるつもりでも、きちんと見て調べてみると、事実とはずいぶんかけ離れた思い込みになっているのだった。結局、元の採取場所でビニール袋の中身を出す。あれ?連れてきたはずの幼生が見当たらない。あんなにちっぽけな虫のことだ。どこかで取り落としたとしても、踏みつけたりひねりつぶしたりしたとしても、うかつな私のことだ。まったく気づきもしないだろう。注意が足りないからね、わたしは。はは、マヌケなおばさんだこと。

まっすぐに帰る気もしなくなって図書館に立ち寄る。宙ぶらりんの気持ちがややおさまったところで帰路につく。目の前にふいとあらわれたかと思えば、どこぞに消えてしまったか、姿が見えなくなる。いなくなるっていうのはそういうことだ。先月急死した知人のことが私の心をよぎる。夏バテで体が弱ったからちょっと入院すると言っていた。最後に入院先で会った日も、「あしたも来てね」と、そう言っていた。その数時間後に亡くなったのに一番びっくりしているのは本人かもしれなかった。彼女の末期のことを私はなにも知らない。ときおり頭に描いてみるけれど、もう本人は影も形もなくなっている。だからそんなことをしても、なんにもならない。
目の前にいるときは何でもない当たり前にふつうだったものが、姿がみえなくなった瞬間から、はかりしれない広さと深さとを備えた未知の世界の、自分からは限りなく遠い世界の住人になる。また会える保証など、どこにもありはしない。自分自身ここにいるということ自体が不思議といえば不思議。一体、みなどこからやって来て、どこへ行ってしまうのか。

気を取り直し、流しに立って野草を洗おうとしたら、今度はいた。サラダボウルのふちにうずくまって、じっとこちらをうかがっている。まさに、あの黒いげじげじだ。
ほんのついさっきまで、この広い宇宙のどこかに放り出されてしまったと思っていた黒いげじげじが、ここにこうしてとどまっていたというのが、にわかには信じがたく、不思議でもありおかしくもあった。はは、なんとマヌケなおばさんだこと。置いてけぼりにして自分だけ突っ走っていってたんだわ。
三度目の、正直。本日三度目の土手である。黒いげじげじがとらわれの身になってから、もう数時間が経過した。太陽はすでに高く昇り、寒風が吹きすさんでいた土手もすっかり暖かくなっている。サラダボウルの中で小さなげじげじした幼生は野草にうもれて身を隠している。目をこらしていると、濃い緑の草の表面に灰色のしずくのかたちをしたものがうごめいている。アブラムシである。ころんとした体に、ごく細の足と触角を、一本一本欠けることなく生やしているのが、わいて出てきているのだった。
土手の草むらにも、午後の日差しにあぶり出されるように、アブラムシがあちこち姿をあらわしていた。ああそれにしても、うかつだったことよと思う。ここはたしかにテントウムシの生活していく場所である。親が卵を産むのに選んだ場所で、幼生が育ってきた場所だったのである。こうして何度もとって返してこの目で見てみなければ、こんな当たり前のことさえ、うかつな私にはわからない。こんな広い宇宙のまっただ中で、こんな何気ない、なんでもないような場所が、この子のいるべき場所。宇宙がどんなに広かろうとも、いるべき場所は、他でもない。ここ。ここだったということ。それがたしかな意味をもって、私の心に満ちてくる。
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手厚い保護・手厚い管理を受けるということ
2010/11/04(Thu)
病気は天からの便り。森下クリニックの森下敬三博士は言う。親切ともイジワルとも思われるが、自分を見つめ直し、転換してステップアップするチャンスにもなる。言葉で書かれた便りに人一倍関心を持つ人が、必ずしもその便りに関心を持つとは限らない。文字や言葉にとらわれ、文字や言葉でごまかすのが巧みになってしまうと、およそこの便りを読み解くのがヘタクソになる。

私は手紙好きだ。子どもの頃は自分から出しもしないのに自分宛ての便りが届いてやしないかとポストを覗き込んでいた。文章教室に通ったのは三十代の頃だが、これもその延長のようなもので、文章で書かれたものは全て自分宛ての手紙のような気持ちで読み、文章を書くときは伝えたいことを伝えたい相手に話すような気持ちだった。手紙好きの私が操体法に出会い、それを続けるうちに、また別の便りがあるということをだんだんと知っていった。郵便ポストを覗き込む必要はない。誰にでもあたりまえに送り届けられる便りである。それに気づくか気づかないか。関心が持てるか持てないか。それだけの話だ。

病気は天からよこされた便り。病気だけではない。痛み、悩み、苦しみなども、天から自分へと寄越された便りとして読み解くことができる。
天からの便りには何が書いてあるか。読み取りもいろいろだろうが、「あなたこのままでは危ないよ」というのも少なくない。これまでどおりではいけなくなるよ、転換のときが来ているよというお知らせの手紙。これを無視するのは自由だが、便りは何度でも寄越されてくる。それを親切と思うかイジワルと思うか。幸か不幸のどちらに受け取るかは人それぞれだが、森下博士によれば、自分を見つめなおし、改善点を見出してステップアップするチャンスととらえられるという。

操体法の橋本敬三医師は、「万病」つまり、ありとあらゆる心身の不調というもののベースには、体の歪みがあると言う。体の歪みをなくすにはどうすればよいのか。その答えは息食動想(そくしょくどうそう)に求めよ。呼吸のしかた、食のしかた、体の動かしかた、ものごとの考えかた・とらえかた。そうした日常あたりまえにしていることを見直してみろという。万病のもとは生活。生活がすべてといっていい。
体の歪みをつくるもの。それにはさまざまな要素があるが、万人に共通している息食動想には必ずや糸口が見つかる。取り組むのは基本的に本人自身であって、他人がなりかわってやってあげることなどできない。周囲が支援することは可能だが、やるかやらないか決めるのは本人だという。

今の日本ではこのような考えかたは主流ではない。主流ではないどころか、まったくといっていいほど受け入れられない。私には森下先生や橋本先生の言葉が古い時代の日本からの便りのように聞こえる。昔の日本人はえらかったんだなあと思うのである。今の日本人はいろんなものに守られている。守られて生きていくのがあたりまえになってしまい、そのことに気づかないほどである。体調に変化があれば専門家にまかせること。それが常識とされる社会。ほかならぬ自分の体のことであるのに、何か起こればどこかの専門家がいいようにやってくれるくらいの気分で過ごしている。体からの便りになど目もくれない。ただ痛い、つらい、これをどうにかしてもらおうというくらいのものだ。忙しいので体のことになどかまっていられないという話もよく耳にするが、一体なにを優先にして生きているのだろう。イザというときは守られて助けられるのがあたりまえ。そんなことでは体に備わった力はじゅうぶんに発揮されやしない。そう指摘したのは治療家の野口晴哉ではなかったか。

「病院で検査も受けられず、予防接種もなくて、ろくろく治療も受けられずに死んでいくなんて、昔の人はめぐまれていなくてたいへんだったろう、かわいそうな人たちだったね。いや今でもまずしい国の人々はそうやって死んでいっているんだよ、それに比べて我々などはほんとにめぐまれてしあわせだ。このしあわせを世界中の人々に分け与え、みんなが我々のような生きかたができるようになればいいね」
このような意見にふれるたび、野生のバッファローの姿と、手厚く保護・管理される家畜の牛の姿とが脳裏に浮かぶ。人間はバッファローでも牛でもないと叱られれば、その通りと答えるしかない。しかし何かおかしくはないか。私たちはどこかおかしくはないだろうか。
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