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そういえば15歳で行商させられていました
2009/06/26(Fri)
今振り返ってみても現実離れしているように思うが、中学を卒業したばかりの私は行商の旅に出た。あの頃の生活は破綻していたのだなと今さらながらに思う。

6月13日の朝日新聞におもしろいことが書いてあると人に教えられたのである。悩み相談のコーナーで、自称「妻子ある立派な高校教師」が教え子の女生徒にひかれて悩むという内容への返事。「教え子とできてしまえばよいのです。仕事も家庭も失ってみてはどうか」。教え子と「できる」のがよいかよくないかは私にはわからなかったが、文章後半の部分には感じるところがあった。
「生活が破綻してはじめて人間というものが見える。しかし人間の9割は破綻せぬまま人生を終えている。せっかく人間に生まれてきたというのに気の毒なこと、味気ないことだ」。

中学を卒業するとすぐに行商を始めたというのは敗戦直後の時代にはめずらしくもないことだが、現在四十代の世代で中卒後すぐに家を出て行商というのはあまり聞かない。
自分で選んだことではなく、家庭の事情でそうなってしまった。西日本全域を旅しながら店舗の一部を間借りして売り歩く。一か所に滞在するのは一週間から半月ていど。ほとんど単独で行動した。なりが大きかったので23歳前後で通っていた。私のたたき出す売り上げの数字は群を抜いており、他の業者や店の社員からはひどく憎まれた。期間限定の存在だから深刻なことに発展はしなかったが。夜はきたない安宿の布団で泣くことも多かった。当時の自分には将来などないに等しかった。毎朝、店員がよこしてくるカラっぽの売り上げ用金庫。夕方までの数時間のうちに、その中にできるだけたくさんのお金を集めなければならなかった。集めた金は、店員が数えて全部持っていく。場所代を引かれた残りが大人たちの手に渡っていた。給料など望むべくもない私は、まさに鵜飼いの鵜であったのだ。

ふだんはすっかり忘れている。しかし破綻という言葉を目にしたとたん、あの頃のことが浮かんでくる。父親の経済が破綻し、家庭も崩壊、旅先で一番やるせなかったのは自分には戻るところがないということだった。野良犬の気分で三年過ごした。幸せだったのか不幸だったのか、今考えてみてもよくわからない。いろんな出来事が思い出されてくると、当時の自分の表情が再現されてくる。とてつもなく暗い顔をしていたようだ。そんな顔をして三年を過ごすうち、倒れたのだった。肝臓がイカれていた。「死ぬときは肝臓ガンだなぁ」という医者の死亡宣告を十八歳で受けた。「死んでたまるか」。そこから新しい自分の旅が始まったのだったと思う。

あの頃に見た風景。そして旅先で出会ったたくさんの人々。当時のわたしの目には何が映っていたのだろうか。ときどき考える。
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