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アンテナをくるわせたアリほど危険なものはない
2009/06/21(Sun)
身体感覚のカンタンな実験。正座をして両手をひざの前にそろえ、畳に顔をすりつけるくらい深くおじぎをする。背中がきれいな曲線をえがき、おなかと太ももがぴたりとつくような、おじぎ。呼吸がラクであることが必要だから、すでに苦しい人は重いものを持ってみるだとか、別の動作でためすほうがいい。
こうしたおじぎをするときに、体のどこかに意識を集中してみる。まず自分の手先を意識する。次は腰のあたりに意識を持っていく。脚のあたり、下腹と、意識をおく場所を変えて、同じ動作をやってみる。意識をおく場所がちがうと、動作のやりやすさが変わるのが、わかるだろうか。よくよく感覚に耳をすましてみる。他人にやってみてもらい、少し離れて見るのも、わかりやすいかもしれない。

さて。おじぎは、どこに意識を集中するのが、一番やりやすく、一番やりにくくなるのだろうか。
いつでもだれにでも通用する正解はないというのが正解のようであるが、それが本当かどうかは自分でやってみるしかない。多数決や、学歴や、専門家の意見などはまったく関係ない。自分に備わった感覚を一生懸命にはたらかせて判断を下すしかないのである。
どこに意識をおくかで動きが変わるというのは『誰にもわかる操体法の医学』という著書に記されている。このようなことがわかる感覚は、誰にでも備わっている。ふだんは気づかないかもしれないが、少し興味を持てば、鈍い鋭いの差こそあれ、自分に備わっているということが、わかる。それを日々確認しておくことは、非常に大切なことだ。自分に備わっている感覚を、生きることにどう活用するのか。それもまた非常に大切なことだと思う。

触覚のはたらきが、何らかの異常をきたしたアリの動き。近ごろあれを思い浮かべることがよくある。
混乱したような、ぎこちない動き。同じようなところをぐるぐると回っている。きっと本人だってそういうふうに動きたいとは思っていないはず。もしかすると、自分はきれいに歩いてまっすぐ目的地に向かっているつもりなのかもしれない。
触覚は英語でアンテナ。アンテナはだいじなもので、そこをくるわせてしまうと危険なエリアにも平気で踏み込んでしまう。人間は、イヤなことは基本的にしない。危険は回避しようとする。気に入ったことは基本的にやる、やりたいと思う。何をイヤに感じて何を気に入るのか、その積み重なっていったものがその人の生活ということになるが、自分で注意深く判断したことの一つ一つが裏目に出ていることに気づかなければ危うい生活を知らず知らず構築していくということになる。感覚のくるいという病ほどおそろしいものはない。ほかの病気も元をたどっていけば、ほとんどそこにたどり着くかもしれない。それが本当ならば、ほとんどの病気は自分の感覚しだいで回避できる可能性もあるということだ。
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