fc2ブログ
2009 04 ≪  05月 12345678910111213141516171819202122232425262728293031  ≫ 2009 06
自然が私の中に埋蔵してくれているものを、掛け値なしに体感したい
2009/05/09(Sat)
今年のゴールデンウィークはずいぶん冒険した。かねてより、やりたかったことで、その準備にもずいぶんと時間を費やした。「ずいぶん冒険」の内容を一言でいえば、実験的生活を心ゆくまで送ったということになる。毎朝3時4時にはスカっと目が覚め、徐々に明るさを増していくのにそわそわとし、さあ今日はどこの山を歩こうかとわくわくし、太陽とともに生活をして疲れと不安を知らなかった。生きているというだけが、こんなにうれしい。そういう感覚を味わっていた。スリリングであった。

思えば私の実験的生活のスタートは食へのこだわりだった。桜沢如一の熱烈な文章を、12歳だった私は真に受けた。当時の自分の受け取り方は、こうである。
「正しい食べものを、正しく食べさえすれば、もう毎日が楽しくって楽しくってしかたがない、というようになる。疲れるなんてこともなくなる。睡眠なんて2~3時間もとればいい」
ヨガを知ったのは18歳で、これも私は単純バカ的な受け取り方をした。
「呼吸を、正しくしさえすれば、肉体は強くなり、精神性も高くなる」
食事療法でもヨガでも、ガンなどの難病が治っている人もいるというから、重病人が健康人になるんだったら、この自分がやったらどういうことになるか、期待は大きかった。子どもの思い込みということもあるのだろうが、桜沢如一にしろ佐保田鶴治にせよ、ずいぶんな状態で医者に見離されていたのを起死回生したというので説得力がある。しかし私はどちらもきちんと実行せず、本からの知識で勝手に我流にやっただけだから、期待したようなことは起こらなかった。

橋本敬三の操体法だって、ちゃらんぽらんのいい加減にしかしていない。いや、食事療法やヨガにかけた時間とエネルギーにくらべれば、ゼロに等しいほど努力がない。週に一度、三十分ほど指導を受けるだけの状態がごく最近まで続いていた。しかし結果をみれば操体法から得たことが自分には一番大きかった。有効であった。操体法という健康法が体にいいというようなことではない。ぜんぜんちがう、自分はずいぶん的外れなことを考えていたということを教わったのが大きかった。努力など必要ないのだ。身体には備わっている。じゅうぶんなものが埋蔵されているのだ。今回の実験的生活でその手ごたえを感じることができた。私は従来以上に生き生きと過ごせている。それが唯一の証拠。
いったい、私はなにをしたいんだろうか。
愚行にも似た自分の行動を振り返ってみて、疑問に思う。
私は、自分の心と身体に埋蔵されたものがどんなものであるのかを、掛け値なしで実感したい、体感したいのだろうと思う。ふだんの自分の社会生活ではそれが非常に実感しにくいのだろう。だからそういう気持ちになってしまうんだろうと思う。
マンネリにならずに最後まで生きたい。年を重ねるごとにハードルが高くなっていくように思うのだが、
まだまだ私はイケるようだな。そんな実感をつかんだのが今は単純にうれしいのである。
スポンサーサイト



この記事のURL | 未分類 | CM(0) | TB(0) | ▲ top
| メイン |