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過去の経験が、どう生かされてるかー現代人を救っている伝統医学(^o^)ー
2017/11/25(Sat)

伝統医学って、古いから劣る、古いからダメ。
そう見下されることが、あります。

新しいものは、何だっていいに決まってる!
新薬だって「夢」を頭にくっつけて、
夢の新薬っていわれるじゃないですか。
古い薬ではダメだったことを、
新しい薬が実現してくれそうだって、誰もが思うでしょ。

ダメな新薬じゃ、新しくする意味ないじゃない!
少なくとも自分はそう思ってましたけど。
でも、そうじゃないみたいです。
20~25年で特許が切れるんで、
よい薬だろうとよくない薬だろうと、
次々に新しいのを作っていくしかない、
モデルチェンジありきの医学が、
現代医学だったりする。

伝統医学は現代にも通用し、
現代医学でダメだったひとを救ってるでしょ。
それでね、考えられることはね、
現代医学で助かったひとだって、
最初から伝統医学でよかったんじゃないの(^o^)
ファーストに伝統医学、セカンドに現代医学では、
どうしていけないの(^o^)


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天神から大牟田線普通電車「高宮」下車徒歩3分。野間四角交差点信号先3つ目のビル。
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お肌と粘膜というメビウスの輪-表も裏もなくつながっている-
2013/11/20(Wed)
ミケランジェロの壁画には、皮だけになった画家自身の姿が描かれている。筋肉や骨、内臓などをぜんぶ溶かして、全身の皮だけを無傷のまま残してみると、どういうことになるか。
自分が一枚の皮ぶくろになった姿を、私は想像してみることがある。

消化管と呼ばれている一本の管であるが、口をその始まりとし、途中で太くなって溜めこむ場所(胃)をつくったり、長細くのびて吸収・造血する場所(腸)になったりしながら終着点である穴(肛門)へと達する。


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消化管は「粘膜」という皮膚の一種で覆われており、口の付近(唇)と連続し、肛門付近とも連続している。名は違いこそすれ、「お肌」も「粘膜」も地続きの皮膚であり、人間は縫い目も継ぎ目もない、完全な一枚の布ぶくろ、いや皮ぶくろであるということが、わかる。

「お肌」を見たら粘膜の様子もわかり、消化管の健康状態も手に取るようにわかる。それはむしろ当然ではないか。さらに唇のどのあたりが、粘膜の領域のどのあたりに対応しているかということまで、東洋医学の診断法は進化している。

わざわざ危険をおかして腹を切り裂いたり、臓器を切り取って顕微鏡でのぞかなくても、血液を抜いて「成分がこうなってるから、こうじゃないか」などと、まだるっこいやり方をしなくても、見ればよい。「見ればわかるよ」というのである。見てわかるようになるのが一番シンプルでわかりやすい。それが東洋医学の合理とでもいうものだろう。


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秋の操体法講座のお知らせ
※秋の操体法講座  どなたでも参加できます。
①11月9日15時~(天神会場)
②11月10日10時30分~(野間会場)
③11月16日・20日・21日・30日14時30分~(野間会場)

※誰でも参加できます。(参加費二千円)
※お問い合わせ電話080(1720)1097(山下)
    またはメールfukuokasoutaihou☆yahoo.co.jp(☆⇒@に)


※操体法の実習を見学・参加する⇒①②③から選べます。

①みんなで講習会(参加費2000円)
②家族や友人とゆったりプライベート実習(2500円。三名~2000円)
③一人でじっくり個別実習(一回3000円)

 ②と③は日程・時間帯を希望にあわせます。
 
※見学・体験受付中。

天神から大牟田線普通電車「高宮」下車徒歩3分。野間四角交差点信号先3つ目のビル。
博多駅から西鉄バス博多郵便局横A乗場(50番)B乗場(65番)CD乗場(64・66・67番)で「野間四角」バス停下車。徒歩1分。

 お問い合わせ電話080(1720)1097(山下)
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体質の改善-自己解体そして新しい自己の構築-
2013/05/09(Thu)
治療法も健康法も、数限りなくあり、何がどう「きいた」か、「きかない」か、自分でもわからないまま突っ走る。「早く治したい」「元気を更新したい」とやみくもにやっていても、具体的に何をどうすればいいのかと問われれば、はっきりとはわからない。
「きいた」か、「ダメだった」かを判定する、客観的な判定基準を持たず、気分しだいで、やったりやらなかったり。気分しだいで、始めたりやめたり。そんな不毛な状態が、私には長かった。


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今の私には操体法という確かな基準がある。操体法そのものはほんものだと思うが、自分というもののあいまいさには手こずらされる。あいまいな自分が、あいまいでない確かな基準を身につけるまでには、長い道のりが必要だったし、これから先にも道は続いているだろう。確かな基準を持たなかったころの自分に向かって、今の自分には言いたいことがたくさんある。


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※操体法の実習を見学・参加する⇒①②③から選べます。
①みんなで講習会(参加費2000円/人)
②家族や友人とゆったりプライベート実習(2500円/人。三名~2000円/人)
③一人でじっくり個別実習(一回3000円/人)

 ②と③は日程・時間帯を希望にあわせます。西鉄高宮駅徒歩3分。
 
※公開講習5月の予定! 土曜は18日・25日と、水曜22日が決定しています。
  14時以降、飛び入りで自由に入れます。西鉄高宮駅3分。

 お問い合わせ電話080(1720)1097(山下)
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自由が行き詰まる-自由のセンスを研き続ける-
2013/01/30(Wed)
絵は自由なもので、やり方に決まりはないという。操体法も本来は、やり方などないのだろう。しかし「自由にやれ」と言われても、すでに人は自由ではない。いろんなとらわれがあって、自由が自由にならなくて、行き詰まる。だから「やり方に決まりはない」という前提で教えてもらったり、教えたりしてしまう。

あくまで最終目標は、さまざまなとらわれから解放され、自由になることだと私は思う。無心に筆を運んで絵の具を塗りつけたキャンバスが、人の感動を呼び起こすという以上のことがあろうか。無心に体の調整をした結果が喜ばしいものであったなら、それ以上のことはないわけだと思う。

東洋的アプローチでは心臓がわるいから心臓を直接あつかうということは基本的にやらない。ヒザがどうかあるからといって、ヒザに限定したアプローチは基本的にはやらない。
体の中で心臓だけ悪くなったり、ヒザだけがおかしくなったりするとは考えない。
すべては関係性であり、バランスであり、たとえば木・火・土・金・水、5つの要素のバランスをととのえることが体をととのえることであったりする。

木は火の働きを助け、火は土の働きを助け、となりあうもの同士が互いに強めあうという関係。一つ抜けても成り立たない。5つで一つ。そういう関係である。
この陰陽五行に臓器の働きを木=肝臓、火=心臓、といったようにあてはめ、火の働きが弱まると木の働きを補い、土の働きが弱いと火の働きを補い、全体のバランスをよくしようとする。もしくは火の働きが強すぎると木の働きを弱め、土の働きが強すぎると火の働きを弱め、全体のバランスをととのえようとする。バランスがととのってきたら、臓器みんな、どの部分のみんなにも都合がよい。みんなひとりひとりに都合がよいというのが全体としても都合がよいという方針。

一枚の画用紙に、気になる部分だけ集中して描いたり消したりしていると、紙の一部が傷むだけでなく、全体画面として一つの絵にならない。絵の描き方に決まりはないが、最初に注意されることは、まずは全体のバランスに気を配れということである。バランスに気を配れたら、案外と急に上達したように感じる。どこで何が起こっているか、何となくわかるのである。
体をゆるめることを少しおぼえてくると、手当たりしだいに、ゆるめたいと思うところをゆるめたりする。特に「ここが痛い」という症状にとらわれたり、「ここをこうしてくれ」と頼まれたりすれば、意識は部分に走る。そうやって部分にこだわるため、全体のバランスがととのわず、思うような成果が出ない。心臓がわるければ心臓を調べるのが当たり前と思うのは、東洋のアプローチから断絶されているからかもしれない。心身ともにずいぶん西洋化が進んでいるともいえるかもしれない。

絵のことでも体のことでも、何よりバランス感覚をだいじにしたい。
バランスのセンスがしっかりしてくると、いろんなことに実感が持てる。うまくいったか、うまくいってないのか、わかるようになり、おのずと核心に近づいていくようになる。どんなやり方をしたって、「よし」という全身の実感が持てれば進んでいける。
「わかるようになりたい」。そう思ったら、せっせと自分自身の骨格のゆがみをととのえてゆくことである。ゆがんだ体には偏った神経作用と偏った感覚が宿り、まったく不自由である。体のゆがみを減らすことで徐々に感覚も解放され、しっかりしてくる。どんな練習よりも、自分のバランスセンスを研くことが自分の役に立つ。自分自身が生きて経験を積み重ねることが、バランス感覚の一番の鍛錬となるというのだから、ありがたいことである。
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身体を読み解くイメージ-現代の内丹法-
2013/01/20(Sun)
金も名誉も地位もこれ以上は望めない皇帝たちが最後に望むもの。それが不老長寿である。
不老長寿の薬を「丹」という。外丹法とは薬物による延命術。植物や鉱物などから薬をつくり、服用するなどして外から補うやり方である。
唐の時代の人々は外丹法に限界を感じたらしい。薬物をつくるにはお金もかかるし副作用もある。「延命をはかる方法で体を傷めつける」というのでは何をやっているのだかわからなくなる。
「究極の自然薬は我々の体の中にある」ということに昔の人は気がついていた。
自分たちの体でつくられる薬には副作用がなく、もっとも確実で信頼がおける。しかも無料とくればまことに結構。
内丹法とは文字通り、自分の体の内側でつくられる物質=不老長寿の薬を最大限に活用しようというものである。不老長寿の薬を練り上げる製造所は体にある。生活の中で体をつくってゆけば不老長寿薬の製造工場がおのずと手に入る。かんたんな話だ。
仙人の肌は処女のような肌だという。老体とはこわばりひからびた体であり、筋骨が縮こまって伸びない。動きがわるい。その真逆にあるのが嬰児や女性などの柔軟性を持つ体である。生命エネルギーに満ち溢れた柔軟性を持つ体は気のめぐり、血のめぐり、水のめぐりのよい体。そういう体づくりを目指しましょうということで、呼吸法を用いた体の動きが研究されていった。

というようなことを読んでいる。外丹法から内丹法への意識の切り替えは唐代とあるから7世紀ごろの中国の話と思われるけれども、そして今は21世紀で千四百年も前の話なのだけれども、ほぼ自分の考える操体法のイメージと重なる。というか、そのものじゃないのかと思う。「温故知新」の言葉の意味が切実である。

「肉を食する者は勇敢だが猛々しい。しかし気を食する者は心が澄んで寿である。穀物を食する者は聡明であるが早めに死ぬ。食べない者は、不死にして神(しん)である。呼吸にまかせて気のわずらいがない。言い伝えによると、あれやこれやと雑食する者は、百病妖邪の集まるところであり、食をいよいよ少なくすれば、心はどんどんと解放され、寿命がどんどん増すのである。食するところ多ければ、心がどんどんと塞がって、寿命がそこなわれる」「元気を食する者は、地面に埋められることもなく、天も命を奪うことができず…」

これらの記述はマクロビオティックをはじめとする食養のイメージに重なる。
「人は穀物や肉類を食べて100歳の寿命を保っているが、逆にいうと、穀物や肉類を食べているからたかだか100歳までしか生きられないのだし、病気にもかかるのではないか」という養生法の発想も古い文献にすでに見られる。
現代は目新しいものにあふれているように見えるけれども、どこから引っ張り出してきたのかというと古典なのだろう。古い書庫の中、虫食いだらけの文献から小出しに出してきて、現代風の味つけをしただけのものも多いのではないか。

古い文献や記録から何が得られるのか。
「知識のない古い人たちの書いたものなんだから、ほとんどデタラメですよ」という話を聞いた。「どこの馬の骨が書いたかわからないような記録も多い。読むに値しない」「勝手な思い込みで書かれたものも多いから、あんなもん役に立たない」といった不信感は、現代医学を信奉する専門家から直接聞いた。
東洋医学が現場にそぐわず、有効性を否定されていった結果、現代医学がさかんになったというなら話は早いが、事実は上からの強制である。明治政府が漢方医の廃止を宣言し、西洋医学の導入のために医師の国家資格制度を立ち上げた。日本内外で広く一般的であった東洋医学が強硬に排斥されたのは歴史的な事実で、中国でも国策による禁止と暴力的な排除という動きがあったのである。その理由はともかくとして、それでも東洋医学を守ろうという人間がいたから今日も絶滅せずに一部が残っている。そのことに私は注目したい。そして何より、自分自身の数十年来の体験が、私自身にとっての決定的な説得力を持っている。

古典文献を読みあさるだけでは恐らく役には立たないだろう。幸いにも私はその方面の専門ではないのだから、素人らしく好きに読み進め、生命の歴史を積み重ねてきた自分の身体を読み解いていきたいと思う。
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